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『BAD BLOOD』~米ベンチャーの醜聞を追った記者の調査報道に感動

堀 由紀子 編集者・KADOKAWA

マーティン・ファクラーさんに聞く日本のジャーナリズム

 この本を読んでいたころ、私はマーティン・ファクラーさんの本を作っていた。マーティンさんは元ニューヨーク・タイムズ東京支局長を務めた記者で、現在はフリーのジャーナリストとして活躍している。日本語も中国語も堪能で、政治、経済はもとより、東アジアの歴史にも精通している。

マーティン・ファクラー氏拡大マーティン・ファクラーさん

 マーティンさんは以前、ウォール・ストリート・ジャーナルでも働いていた。私は気になったことを聞いてみた。マードックは、自分が所有する会社の記事によって巨額の損失が出ることがわかっていながら、口出しをしなかったのだろうか。

 そう聞くとマーティンさんは少し驚いたように答えた。

 「口出しされたと書かれているのですか」

──いえ、口出しをしたとは書かれていません。ただ、されなかった、とも明記されていなくて。

 「口出しすることは考えられませんね。少なくとも私が記者だったときは、経営者側から何か言われるということはありませんでした。もしそんなことが起きたら、逆に新聞に書かれてしまうでしょう」

 そう言って少し笑いながらこう続けた。

 「仮に緘口令を敷いたとしても、記者というのは、それを黙って受け入れる人たちでないですしね。どこからか漏れるでしょう。そのとき、新聞の信用は地に落ちます。マードックも投資家の視点から見たとき、それはビジネスとしてよくないと考えたのかもしれませんね。

 実際のところは分かりませんが、アメリカの新聞社はビジネス系と編集系がはっきり分かれています。私はウォール・ストリート・ジャーナルにいるときも、ニューヨーク・タイムズにいるときも、オーナーから何か言われたことはありませんよ」

──編集と経営の分離ですね。日本でもよく言われています。でも、たとえば今回のオリンピックを見ていても、なかなかそうとは思えなくて。アメリカで、新聞社がオリンピックのスポンサーになることはありますか。

 「調べないとわかりませんが、普通はないでしょう。批判記事が書けなくなりますよ」

──日本は大手紙すべてが東京オリンピックのスポンサーです。読売、朝日、毎日、日経、産経に北海道新聞です。

 「おぉ……。体制の一部です、と公言していることと同意ですよ」

──どの新聞も「編集と経営の分離」を掲げて、批判するときは批判すると言っています。朝日新聞は、五輪を中止せよ、との社説を掲載しました。

 「社説や論説では威勢のいいことを言いますが、ほかの報道はどうですか。本当に知りたいことが書かれていますか」

──書かれていることもありますが、オリンピックに関しては、なぜいま開催しなくてはいけないのかはよくわかりません。

 「日本の新聞社の記事は、少なからず官僚や政府の発表モノです。アクセスジャーナリズムと言われるもので、権力者側にアクセスすることでネタを取り報道するという手法です。また、記者クラブなどもそうですが、インサイダーの特権を何より重視していると私は見ています。

 アクセスジャーナリズムの対極にあるのが調査報道です。独立した立場から取材して、ファクトを積み重ねて、独自のストーリーを提示することです。新聞社に求められているのは後者ではないですか。それに読者はお金を払うわけです。

 アクセスジャーナリズムに頼っていては、私たちが本当に知りたい記事は書けません。オリンピックなら、『なぜオリンピックを延期、中止できないのか』『いったいいくら、どこに税金が使われているのか』なども知りたいですよね。

 そもそも新聞社は、オリンピックのスポンサーとして多額のお金を払って、企業として得をしているのですか。そのお金を使って調査報道をしてほしいですよね」

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筆者

堀 由紀子

堀 由紀子(ほり・ゆきこ) 編集者・KADOKAWA

1975年、山梨県生まれ。1999年より角川書店で、主婦向けのテレビ誌「しってる?」、スポーツ誌「SPORT Yeah!」、都市情報誌「横浜ウォーカー」の編集に携わる。2012年より書籍編集に。担当した書籍は、柳田国男復刊シリーズ(角川ソフィア文庫)、黒田勝弘『隣国への足跡』、望月衣塑子『武器輸出と日本企業』、室井尚『文系学部解体』、柴田一成『とんでもなくおもしろい宇宙』など。ハードボイルド小説と自然科学系の本が好き。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです