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【ヅカナビ】花組公演『アウグストゥス-尊厳ある者-』

もっと楽しむための5つの人間模様

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 現在、東京宝塚劇場にて上演中の花組『アウグストゥス-尊厳ある者-』は「もったいない作品」だなあと思ってしまう。なぜなら、ちょっとした歴史的背景を知っているだけで面白さが倍化するからだ。

 そこで今回は少々お節介を働かせ、『アウグストゥス』における5つの人間模様を史実も絡めながら紐解き、見どころを拾い上げてみよう。とくに、この作品が卒業公演となる華優希のポンペイア、瀬戸かずやのアントニウスの魅力にも迫ってみたい。

カエサルとブルートゥス(共和政か帝政か)

 ここでいきなり質問です。

 「コロナ禍を早く終息させて、みんなが幸せに暮らせるようにするためには、どちらの政治体制がいいと思いますか?」

A.とにかく皆で話し合って知恵を出し合う
B.超優秀なリーダーの決定に従う

 言ってしまえばこれがカエサルか、ブルートゥスかの分かれ道だ。つまり、Aがブルートゥス、Bがカエサル、である。皆さんは、どちらを選ぶだろうか?

 もともと古代ローマでは、有力貴族たちによる「元老院」での話し合い(共和政)によって政治が進められていた。ところが、「内乱の1世紀」と呼ばれた紀元前1世紀ごろ、急速に領土が拡大し人口も一気に増え、これがうまくいかなくなってしまった。そこで、むしろ必要なのは強力なリーダーシップであると考えたのがカエサル(夏美よう)であり、これに待ったをかけたのがブルートゥス(永久輝せあ)率いる元老院派だったのだ。

 とはいえ元老院派の中でも、共和政の理想を信じていたブルートゥスはともかく、大半の人は単に自分の既得権益を失うことが嫌だっただけかもしれない。暗殺計画の事実上の首謀者はカエサルに私怨のあったカッシウス(優波慧)だったが、ブルートゥスをリーダーに祭り上げたという話もある。それぞれ色んな事情があり一枚岩ではなかった。そう思って暗殺者グループの芝居を見ると、一人ひとりの思惑が垣間見える表情をしている。

アントニウスとクレオパトラ

 カエサルが死んだ。果たして後を継ぐものは誰か?

 と、ここでとんでもないどんでん返しが起こる。カエサルの遺言により後継者に指名されたのは、誰もが予想したアントニウス(瀬戸かずや)ではなく、オクタヴィウス(柚香光)という18歳の若者だったからだ。このときのアントニウスは38歳、20歳も年下の無名の若者に出し抜かれて、さぞや悔しかったことだろう。

 いっぽうのオクタヴィウスも青天の霹靂だったに違いない。『アウグストゥス』は、この世間知らずな18歳がアントニウスとの権力闘争を戦い抜き、カエサルの遺志を受け継いでローマを思うがままに動かせる地位を確立する「まで」の物語なのだ。

とはいえ、この二人は最初は手を組んだ。反カエサル一派を徹底的に粛清し、広いローマの領土を分け合って統治することにしたのだ。いわゆる「第2回三頭政治」である。このときアントニウスが担当したのが東方、つまりエジプト方面だった。ところが、女王クレオパトラ(凪七瑠海)にぞっこん惚れ込んだアントニウスは、エジプトに有利な約束を次々と交わしてしまう。これがローマ市民の反感を買い「アクティウムの海戦」へと繋がっていく。

 平民出身で野心家のアントニウスについて、キケロは「肉体が頑丈だけが取り柄の無教養人、剣闘士なみの男」などと評しているそうだが、瀬戸かずや演じるアントニウスは、これ以上だと下品になってしまう、タカラヅカの男役としてはギリギリの線の狙い方が見事だと思う。野生的な色香がムスクのように香り立ち、高飛車だったクレオパトラが墜ちてゆくのも納得。まさに瀬戸かずや男役道の集大成だ。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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