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「強制的夫婦同姓」問題の本質は、「家」の論理と戸籍制度である

杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

 2021年6月23日、最高裁は2015年に続いて、選択的夫婦別姓に関する2度目の憲法判断を行った。だがそれは、司法に求められる「抑制・均衡」check & balanceの使命を放棄し、かつ夫婦同姓・別姓問題を深めないままなされた、おざなりの判決にすぎなかった。

 ただし「反対意見」には聞くべきものがあった。宮崎裕子他2人の裁判官が憲法第24条(後述)違反を問題化した。また三浦守裁判官は「意見」のなかで戸籍制度見直しの必要に言及した(朝日新聞6月24日付)。この両論点を掘り下げて、私なりに論じてみたい。

「婦夫」契約証書

 100年以上前の1913年(大正2年)のことである。京都で、ある男性が警官の職務質問を受けた。するとその人が「婦夫契約証書」なるものを持っていたことが分かり、これが当時新聞ざたになった。

 「婦夫」という文字列もだが、さらに契約の署名欄に姓のない名前だけしか書かれていなかったこと(金造と道江)、そしてそもそも役所への届け出をせず、当事者だけの意思で結婚しようとしたことも、騒ぎに輪をかけたに違いない(清永孝『良妻賢母の誕生』ちくま新書、1995年、22頁以下)。

明治民法と家制度

 当時、結婚は「法律婚」しか認められず、しかもこれが「家制度」に結びつけられていた。

 妻は、明治民法(1898年施行)によって「夫の家に入る」(同法788条)ものとされ、全て家族は「家の氏を称す(る)」よう強いられた(同746条)。「家」には、法で定められた戸主(妻にとってふつうは義父あるいは夫)がおり、妻を含む家族は戸主に従属する(同748-50条)。そして妻は夫に(も)従属する(同前788条)。

 これらを無視して氏を明示せず、しかも「婦夫」などと記した先の男性の所業は、あるいは怒りをあるいは嘲笑を買ったようである。歴史的に見れば、江戸期はもちろん明治期にあってさえ、ことに農村では「事実婚」こそ当たり前だったのだが、すでに当時の人々は(少なくとも都市では)、婚姻を国家が管理する明治民法の呪縛下に置かれていたと判断される。

/Shutterstock.com拡大soi7studio/Shutterstock.com

 今日なら事実婚も決して不道徳とは見なされず法的にも保護されるが(ただし権利において制限がある)、そうした条件を欠いた当時にあっては、「契約証書」作成は彼らなりのぎりぎりの選択肢だったのであろう。なるほど平塚らいてうのように、おそらく証書がなくとも互いを尊重しえた場合もあったろうが(小林登美枝他編『平塚らいてう評論集』岩波文庫、56頁以下)、男性優位の当時の状況は一般にはそれを許さなかっただろう。

 だから氏を無視して「婦夫」となろうとした2人の行為は、個人の幸福より父系原理による「家」の成立・存続を重視する家制度に対する、ささやかな抵抗だったと判断できる。

 これは100年以上前の出来事だが、決して古びた昔話ではない。当時と異なり、今日、法律婚に対する制度的な権利保障は進んでいる。だが、結婚を望む当事者に国家が大きな制約を課している現実に変わりはない。その典型は、夫婦に対する同姓(*)の強制である。
(*) 正確には同氏。「氏」は歴史的に家族共通の呼称=家を示す記号と見なされ、そうした性格とは無縁な、他国人の「姓」とは区別される。

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筆者

杉田聡

杉田聡(すぎた・さとし) 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

1953年生まれ。帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)。著書に、『福沢諭吉と帝国主義イデオロギー』(花伝社)、『逃げられない性犯罪被害者——無謀な最高裁判決』(編著、青弓社)、『レイプの政治学——レイプ神話と「性=人格原則」』(明石書店)、『AV神話——アダルトビデオをまねてはいけない』(大月書店)、『男権主義的セクシュアリティ——ポルノ・買売春擁護論批判』(青木書店)、『天は人の下に人を造る——「福沢諭吉神話」を超えて』(インパクト出版会)、『カント哲学と現代——疎外・啓蒙・正義・環境・ジェンダー』(行路社)、『「3・11」後の技術と人間——技術的理性への問い』(世界思想社)、『「買い物難民」をなくせ!——消える商店街、孤立する高齢者』(中公新書ラクレ)、など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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