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【公演評】ミュージカル『The Last 5 Years』

それぞれのジェイミーとキャシーが描き出した異なる作品世界

橘涼香 演劇ライター


 ひと組の男女が出会い、恋に落ちて結婚するものの、やがてすれ違い破局を迎えるまでの5年間を、男性側は出会ってから別れまで、女性側は別れの日から出会いまでを遡るという、演劇的興趣に満ちた構成が高い評価を受け続けているオフ・ブロードウェイミュージカル『The Last 5 Years』が、東京有楽町のオルタナティブシアターで開幕した。(7月18日まで。7月22日~25日まで大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA TTホールで上演)。

 このミュージカルが誕生したのは2001年。『パレード』『マディソン郡の橋』など、日本でも多くの作品が上演されているジェイソン・ロバート・ブラウン作詞・作曲・脚本によるシカゴでの初演は、全編歌で綴るミュージカルを彩る、美しく多彩な楽曲の数々と、二人の男女の時間軸が異なるからこそ浮かび上がる、愛、葛藤、すれ違いなど様々な心の機微を含んだラブストーリーが、多くの観客を魅了してオフ・ブロードウェイに進出。以降世界中で上演が重ねられ、2014年には映画化もされた大人気作品だ。

 日本でもこれまでに3回上演されているが、今回の上演は小林香による新演出版で、新進気鋭の作家として成功していくジェイミーと、役に恵まれないままなんとかキャリアを積みたいと奮闘する駆け出し女優のキャシーを、木村達成×村川絵梨、水田航生×昆夏美、平間壮一×花乃まりあという三組のペアが交代で演じる、非常に刺激的なキャスティングが組まれた。この三組の個性に寄り添った小林の繊細な演出も良い効果を生み、全く同じ戯曲、同じ楽曲、同じセットにも関わらず、まるで色あいの異なる男女の物語が展開されている。

ひとつの事柄が互いの目に映っていた差異

拡大ミュージカル『The Last 5 Years』

 やはりこの作品を語る上では、そもそもの戯曲の構成である、男性側が二人の過ごした5年間を順行し、女性側が逆行していくという着想を置くことはできないだろう。むしろこの非常に斬新な着眼点がなかったら、作品はここまで世界で上演され続けるものに育っていなかったかもしれない。それほど20代の若い男女、ジェイミーとキャシーが出会って恋に落ち、結婚するものの、ジェイミーは作家になるという夢を叶えただけでなく、一躍人気作家としての道を駆け上っていくのに、キャシーはオーディションに落ち続け、女優としてのキャリアを一向に築けず、いつしか「人気作家の妻」、ジェイミーの人生と作品の一部になっていくことに苦しむというシチュエーションは目新しいものではない。

 だが、舞台がジェイミーに去られたあとの空っぽの部屋で、指に残る結婚指輪と贈られた腕時計を見つめながら、ジェイミーが残した手紙のように、悪いのは全て自分なの? と破局に至った想いをキャシーが切々と歌う「Still Hirting」が続いている後方の別次元に、運命的に出会った恋人=キャシーと別れ難く、明日また会える彼女に手を振り続ける5年前のジェイミーの姿が浮かびあがる。そのまま出会いの喜びを爆発させた彼が「Shinks Gooddess」を高らかに歌いあげる絶妙な流れは、斬新な興奮を掻き立てずにはおかない。

 二人の恋の行く先がわかっているからこそ、ジェイミーの幸福と、キャシーの絶望がどう変化していったのか、どこで、何が掛け違ってしまったのかが、非常に色濃く浮かび上がってきて目が離せない。何よりも、舞台上で二人が唯一視線を合わせ、生涯を共にしようと誓う「The Next Ten Minutes」の瞬間の美しさ、切なさはこの構成でなければここまで胸を打つものにはならなかったはずで、それほどひとつの出来事が、それぞれの側からどう見えていたのか?が示すものは大きい。

絶妙に絡み合う構成の妙と普遍性

 けれども一方で、この物語が真に心に刺さるのは、そうした演劇構成の面白さだけでは決してない。二人の男女の恋、結婚、破局。そのよくある話が、よくある話だからこそおそらくきっと誰の心にも腑に落ちる瞬間があふれている。この普遍性が作品をより真に迫るものに仕上げた。

 人気作家になったジェイミーには女性の影が絶えなくなり、不信感を募らせたキャシーはジェイミーの編集者にも疑惑の目を向けるようになる。自己実現が叶わないキャシーにとってジェイミーの存在は眩しく、「女優の道を諦めるな、応援しているよ!」という夫の優しさこそが我が身の惨めさを再認識させていく。そんなキャシーの焦りは手に取るようにわかるし、一方で原稿が終わらないからもうしばらく帰れないという切羽詰まった状況を、また誰かと浮名を流しているのかと攻め立てる妻に苛立つジェイミーの、たまったものじゃないだろう心境も容易に理解できる。つまり物語世界が描き出す人と人とのどうしようもない心の変化と劇的構成。その二つが絶妙に絡み合っているからこそ、作品は20年の時を経ても全く古さを感じさせず、まるでいまこの時のこととして観て、感じて、共感し感嘆できるものになっている。

 今回、小林香がその二つに気を衒わずに寄り添ったことで、作品の良さが更に際立ったし、三組のペアを見比べる妙味も大きなものになった。初日前に行われた舞台挨拶で、平間壮一が三組を表して木村達成×村川絵梨を「四角」。水田航生×昆夏美を「三角」。平間×花乃まりあを自ら「丸」と例え、その感覚は非常によくわかると賛意を示した小林が、言葉にするとしたならば木村×村川は「ナイーブ」。水田×昆は「パッション」平間×花乃は「ジェントル」と言い添えた、三組の描き出した作品世界の妙味には、目を奪われるものが多い。その三組の魅力について触れてみたい。

◆公演情報◆
オフ・ブロードウェイミュージカル『The Last 5 Years』
東京:2021年6月28日(月)~7月18日(日) オルタナティブシアター
大阪:2021年7月22日(木・祝)〜7月25日(日) COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール
オフィシャルサイト
オフィシャルtwitter
[スタッフ]
作詞・作曲・脚本:ジェイソン・ロバート・ブラウン
演出:小林香
訳詞:高橋亜子
振付:桜木涼介
音楽監督:大嵜慶子
[出演]
木村達成×村川絵梨、水田航生×昆夏美、平間壮一×花乃まりあ

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筆者

橘涼香

橘涼香(たちばな・すずか) 演劇ライター

埼玉県生まれ。音楽大学ピアノ専攻出身でピアノ講師を務めながら、幼い頃からどっぷりハマっていた演劇愛を書き綴ったレビュー投稿が採用されたのをきっかけに演劇ライターに。途中今はなきパレット文庫の新人賞に引っかかり、小説書きに方向転換するも鬱病を発症して頓挫。長いブランクを経て社会復帰できたのは一重に演劇が、ライブの素晴らしさが力をくれた故。今はそんなライブ全般の楽しさ、素晴らしさを一人でも多くの方にお伝えしたい!との想いで公演レビュー、キャストインタビュー等を執筆している。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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