現存最古のオリジナル曲が結び続ける世界の人々
2021年07月10日
初音ミク、ネギが結び、広げる世界〜奇跡の3カ月(4)から続く
【読者のみなさまへ】初音ミクとボーカロイドの文化にはきわめて多くの人々がかかわり、その全容は一人の記者に捉え切れるものではありません。記事を読んでお気づきの点やご意見など、コメント欄にお書きいただけると幸いです。一つひとつにお答えすることはかないませんが、コメントとともに成長するシリーズにできたらと願っています。
2007年9月9日22時37分、現存する最古の初音ミク・オリジナル曲の一つ「White Letter」が投稿された。投稿時の題は「Vocaloid 2 初音ミクでオリジナルうpしてみた」だった。「うp」は「Upload(アップロード)=投稿」の意味で、要は曲名がない。
「曲名がないなど今では考えられず、お恥ずかしい限りです」と、作者のGonGossさんは恐縮する。
とはいえ、当時はこれでよかった。ゲーム音楽やJ-POP、アニメ曲などのカバーやネタ(ギャグやパロディ)系の動画が初音ミク投稿作品のほぼすべてで、オリジナルと記すだけで差別化できた。現在の題名「White Letter」は投稿後に寄せられたコメントを基に命名し直した。(※注:今回の記事に登場していただく3人の方にはすべてテキストの一問一答で取材した。記事の構成上、返答の文章は筆者の側で要約・編集してある)
GonGossさんはインターネット普及よりも前、パソコン通信時代からのDTM古参組。「ゆいNET」というMIDI音源特化のBBS(電子掲示板)に参加していた。当時のDTM向けBBSとしては最大規模のユーザーがいた掲示板だ。
その経験から、オリジナル曲にはあまり人気が出ないことも知っていた。にもかかわらずオリジナルにこだわったのは、「手元にCDがあるのに、改めて再現する必要がどこにあるのか」とパソコン通信時代から感じていたからだ。
PCを使った音楽制作は、小学校高学年で始めた。初心者向けプログラムのBASICで作る3和音の響きに感動し、楽譜を打ち込んでは練習を続けた。中学で「定期テストの成績がよかったら買ってもらう」と親の約束をとりつけ、見事に目標の成績を取って、8和音が出るFM音源を手に入れる。大学ではバイト代でMIDI音源(Roland SC55)を購入、バンド活動も始めた。ゆいNETに曲を投稿するようになったのもこのころだ。
社会人になると多忙な日々が続き、DTM活動をいったん休止する。初代ボーカロイドのMEIKOやKAITOも知ってはいたが、忙しくて手を出せなかった。
多忙な業務からやっと解放され、「何か始めたい」と思っていた矢先に初音ミク発売を知る。「初音ミクが私をDTMに引き戻してくれました」とGonGossさんは振り返る。
歌もの自体は、ゆいNET時代から作っていた。当然ながらボーカルはない。歌を歌う機能など当時のDTMには事実上なかったからだ。だから特定の楽器に歌のメロディを弾かせてオケに乗せ、歌詞はテキスト表示させていた。
初音ミク発売前から曲の準備を進め、発売当日には「White Letter」のオケの2割くらいはできていた。入手後しばらくは初音ミクの動作確認に時間を取られ、楽曲制作にかけたのは実質3〜4日、大半は歌詞作りに費やした。
歌ものは「お題(モチーフ)」を決めて作る習慣で、「空から手紙が降ってきた」というお題から、「雲の切れ間からひらひら」という歌い出しを思いつく。
「そこからの作業は異常に早かったと記憶しています」。そして「後づけになりますが」と断りながら、こうも語る。
「キャラづけも何もない、何ができるかもわからない、そんな白紙のような初音ミクに対して『何かよくわからないが探してみよう』という歌詞はよかったのかな、などと思ったりもしました」
公開翌日の9月10日には、「これがこのソフト(※注:初音ミクのこと)の本来の使い方だよな」と評価するコメントも投稿されたが、真価が理解されるにはもう少し時間がかかった。
ニコニコ動画でランキング入りした動画の再生数など各種データを記録しているサイト「ニコニコチャート」によれば、「White Letter」の再生数は9月10日に1550回、12日に4200再生を記録した後はランキング外が続く。
だが1カ月半経った10月27日に累計約2万3000再生を記録して突如ランキングに再浮上している。この1カ月半の間に、何かが起きていた。
「White Letter」の投稿直後、この曲に注目した人がいた。ハンドル名「R-Q」さん。多数の初音ミク動画を横断視聴していたとき偶然に目にした。
「動画に『アニメ化はよ(※注:アニメ化を早く、の意味)』というコメントがあったんです。それでスイッチが入ってしまったのでしょう」と回顧する。「当時、初音ミクのオリジナル曲は本当に珍しく、この曲の独特のリズムやメロディにも惹かれました」
すぐにアニメ作りに着手、3日後の9月12日午前9時27分、「【勝手にPV】WhiteLetter【未完Ver.00】」を投稿する。曲のごく一部を手描きアニメ化、彩色もわずかだ。
そして9月14、20、30日と立て続けに途中のバージョンが投稿される。バージョン数は制作日数を意味する。9月30日投稿分は「Ver.15」で、つまり12日から30日までのうち15日間を制作に充てていた。
本業の仕事は昼夜交代制。食事や入浴などの時間を別にすれば、平日の昼勤務のときは午後8時ごろから午前2時ごろまで描き、休日はお昼前から夜中までを動画の制作に費やした。Ver.15から完成版の間の作業では、平日でも朝4〜5時ごろまで色塗りをしていたこともあるという。最終的に、描いた絵は約750枚に及んだ。
──「こんなこと、あり得るのか?」
R-Qさんの動画Ver.00を見て、原曲を作ったGonGossさんは仰天した。予想もしない展開だった。
「オリジナル曲にMV(ミュージックビデオ)をつける文化や習慣などない時期でした。自分が『二次創作される側』になることなど全く考えていません。尋常でない驚きでした」
途中のバージョンも「見せる工夫」が凝らされていた。
「完成版では使われないはずの要素まで手描きで作られていて、それがまた見る者を楽しませる形になっている。R-Qさんの想いが伝わってきました」
完成版では使われないはずの要素とは、例えばVer.04の動画開始から1分ごろ以降、「作業中…」という表示の中で、コンベアを流れてくる寿司盛りの点検をしている初音ミクが、途中から寿司のつまみ食いを始める様子などを指す。実際、この部分で「食うな」「かわいすぎ」というコメントが画面を埋めている(リンクはその部分から)。
そしてVer.15から1カ月近い空白を挟んだ10月27日午前2時57分、「完成版」が投稿される。
「完成おめでとう」
「頑張ったな」
「1カ月以上の努力の結晶、受け取ったぜ」
「良い絵と良い歌が合わさると神作品になるな」
「作者の愛を感じるよ」
「なんかもう、、ありがとう」
27日午後11時59分までに完成動画に寄せられたコメントだ。ニコニコチャートの記録によれば、翌28日には約5万6000再生でいきなりランキング内に登場、11月15日には10万再生を超えている。
そして前述の通り、原曲の「White Letter」がランキング内に再浮上したのが、MV完成版投稿日の27日だ。
「アニメ版から」
「アニメから来ました」
「すごいPVができてたよ」
そんなコメントが原曲動画に次々投稿される。次のようなコメントもこの日に書き込まれた。
「発売から10日でこれか、すごいな」
「今まで見逃していた自分に失望」
R-Qさんは、最初のVer.00のときから、投稿したMVの動画説明欄にGonGossさんの原曲へのリンクを張っていたので、そこから容易に原曲にたどり着ける。
「リンクは、他の人の投稿動画を参考にしました。派生動画でも、大元になった作品へのリンクを張るのが当時からよくあったと思います」とR-Qさんはいう。
ニコニコ動画の二次創作の習慣「元作品へのリンクを張る」というユーザー文化は、このときすでに生まれていた。このユーザー文化が後に、二次創作の派生状況などを精密に分析する学術的研究などにも大きな意味を持つようになる。誰が始めたか、どのように定着したかわからないニコニコ動画のユーザー文化が、学術的貢献をした例だ。YouTubeにはこうしたユーザー文化はあまり見当たらない。
「White Letter」の原曲とMVを比べると、公開当初の人気はMVの方がまさっていた。再生数もMVの方がずっと多かった。だが現在の再生数は、原曲約24万回、MV約27万回と、大差ない。MVが牽引して、原曲への評価がじわじわと高まっていった。
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