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ワーグナー《リング》で大きな成果 芸術監督・沼尻竜典とびわ湖ホール 

第51回ENEOS音楽賞洋楽部門本賞受賞 全国の歌手が舞台に立てるオペラ劇場に

池田卓夫 音楽ジャーナリスト

琵琶湖を背景にした劇場全景=提供・滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール

 第51回ENEOS音楽賞洋楽部門本賞が、滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールとその芸術監督、沼尻竜典に贈られた。

 2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的拡大を受け、日本国内でも数多くの演奏会や舞台公演が中止や延期に追い込まれるなか、びわ湖ホールは4年がかりで制作したワーグナーの楽劇《ニーベルングの指環(リング)》4部作の最終回《神々の黄昏》の無観客上演と動画配信を決定した。3月7日と8日のダブルキャスト2日間で延べ37万人弱(客席数1800席の200倍以上)が視聴する快挙を成し遂げ、同年の第68回菊池寛賞、第33回日本ミュージック・ペンクラブ音楽賞、関西元気文化圏特別賞など数多くの賞を授かった。

初代芸術監督・若杉弘の補佐役として

 沼尻は2007年からびわ湖ホールの第2代芸術監督を務め、《神々…》も指揮した。1998年の開館時から初代芸術監督の若杉弘の補佐役として、びわ湖ホールの歴史に関わってきた〝生き証人〟でもある。

 「若杉さんはびわ湖の後に新国立劇場オペラ芸術監督もなさいましたし、日本のオペラ界全体に足跡を遺された方です。その後を大野和士さんも園田隆一郎さんも私も歩いています。ライン・ドイツ・オペラをはじめとするドイツ語圏の歌劇場の音楽総監督(GMD)やカペルマイスター(楽長)を歴任され、オペラハウスへの明確なヴィジョンの下、私ともGMDとカペルマイスターの関係を築かれようとしました。

 芸術監督が『プロデュース・オペラ』を年一作手がけたのに対し、私は入門編の『青少年オペラ』(現在の『オペラへの招待』)を年二作担当したので、最初から劇場にいる時間は私の方が長かったのです。さらに劇場の人材育成機能を重視、若手歌手による『びわ湖ホール声楽アンサンブル』にも大きな努力を傾けました。

 最初のコンセプトがしっかりしていたおかげで引き継ぎはスムーズでしたし、何より、舞台のクオリティを第一義とする指針が初動段階から明確に打ち出されていたのは幸いです」

沼尻竜典・滋賀県立芸術劇場芸術監督提供=提供・AMATI

ベルリンでオペラ指揮を学び、愛知県芸術劇場で経験を積む

 前回の東京オリンピックの年、1964年に東京で生まれた沼尻は、桐朋学園大学音楽学部在学中に作曲を三善晃、指揮を小澤征爾や秋山和慶らに師事した。在学中はむしろ驚異的な音感とピアノの腕前で鳴らし、カペルマイスター志向とは目されなかった。

 「実は17歳の時から長門美保歌劇団にピアニストとして出入り、東敦子さん(ソプラノ)や辻宥子さん(メゾソプラノ)らの伴奏を引き受けていました。ベルリン芸術大学へ留学したのも、オペラ指揮を本格的に学びたかったからです。

 1990年、ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝したのを境に国内でもオペラ指揮の声がかかるようになりましたが、いつも急な話。その時点で2カ月のリハーサル期間を空けられず困っていたとき、愛知県芸術劇場から誘われ、鈴木敬介さんの演出と名古屋フィルハーモニー交響楽団の管弦楽で、《後宮からの逃走》(モーツァルト)や《セビリアの理髪師》(ロッシーニ)など比較的ポピュラーな演目を4年くらい続けて指揮させていただきました。ドイツのマンハイム国民劇場管弦楽団を長く率いた朝枝信彦さんが毎回コンサートマスターを務め、バランスの取り方や難所の切り抜け方といった実践ノウハウを数多く授けられたのも幸運でした」

芸術監督2年目から打ち出した“沼尻カラー”

 びわ湖の芸術監督を若杉から引き継いだ2年後、2009年あたりから“沼尻カラー”を鮮明に出してきた。

 若杉は舞台スタッフを東京の制作会社アートクリエイション(代表取締役の小栗哲家が創立、現在は長男の小栗了が社長。ちなみに次男は俳優の小栗旬)に外注していたが、沼尻は「声楽アンサンブルに続き、スタッフの研修所機能も備えるつもり」で、劇場独自のチームに切り替えた。昭和音楽大学オペラ研究所が東京藝術大学、ドイツ文化センターとともに始めたドイツのオペラ演出家ペーター・コンヴィチュニーのワークショップも引き継ぎ、その終了後はオペラ指揮者のセミナーで自ら講師を務める。

 「指揮者志望の若者は、お金がないのです。びわ湖は受講料だけでなく宿泊費や交通費まで出しているのですが、毎年、なかなか新しい人が来ません。指揮者は、なり手が少ないのですね」

沼尻自身が指導するオペラ指揮者セミナー=提供・滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール

「普通の演目をやります」と宣言

 もう一つの新機軸は演目自体にあった。

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