メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

ワーグナー《リング》で大きな成果 芸術監督・沼尻竜典とびわ湖ホール 

第51回ENEOS音楽賞洋楽部門本賞受賞 全国の歌手が舞台に立てるオペラ劇場に

池田卓夫 音楽ジャーナリスト

ベルリンでオペラ指揮を学び、愛知県芸術劇場で経験を積む

 前回の東京オリンピックの年、1964年に東京で生まれた沼尻は、桐朋学園大学音楽学部在学中に作曲を三善晃、指揮を小澤征爾や秋山和慶らに師事した。在学中はむしろ驚異的な音感とピアノの腕前で鳴らし、カペルマイスター志向とは目されなかった。

 「実は17歳の時から長門美保歌劇団にピアニストとして出入り、東敦子さん(ソプラノ)や辻宥子さん(メゾソプラノ)らの伴奏を引き受けていました。ベルリン芸術大学へ留学したのも、オペラ指揮を本格的に学びたかったからです。

 1990年、ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝したのを境に国内でもオペラ指揮の声がかかるようになりましたが、いつも急な話。その時点で2カ月のリハーサル期間を空けられず困っていたとき、愛知県芸術劇場から誘われ、鈴木敬介さんの演出と名古屋フィルハーモニー交響楽団の管弦楽で、《後宮からの逃走》(モーツァルト)や《セビリアの理髪師》(ロッシーニ)など比較的ポピュラーな演目を4年くらい続けて指揮させていただきました。ドイツのマンハイム国民劇場管弦楽団を長く率いた朝枝信彦さんが毎回コンサートマスターを務め、バランスの取り方や難所の切り抜け方といった実践ノウハウを数多く授けられたのも幸運でした」

芸術監督2年目から打ち出した“沼尻カラー”

 びわ湖の芸術監督を若杉から引き継いだ2年後、2009年あたりから“沼尻カラー”を鮮明に出してきた。

 若杉は舞台スタッフを東京の制作会社アートクリエイション(代表取締役の小栗哲家が創立、現在は長男の小栗了が社長。ちなみに次男は俳優の小栗旬)に外注していたが、沼尻は「声楽アンサンブルに続き、スタッフの研修所機能も備えるつもり」で、劇場独自のチームに切り替えた。昭和音楽大学オペラ研究所が東京藝術大学、ドイツ文化センターとともに始めたドイツのオペラ演出家ペーター・コンヴィチュニーのワークショップも引き継ぎ、その終了後はオペラ指揮者のセミナーで自ら講師を務める。

 「指揮者志望の若者は、お金がないのです。びわ湖は受講料だけでなく宿泊費や交通費まで出しているのですが、毎年、なかなか新しい人が来ません。指揮者は、なり手が少ないのですね」

拡大沼尻自身が指導するオペラ指揮者セミナー=提供・滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール

「普通の演目をやります」と宣言

 もう一つの新機軸は演目自体にあった。

・・・ログインして読む
(残り:約3107文字/本文:約5024文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

池田卓夫

池田卓夫(いけだ・たくお) 音楽ジャーナリスト

1958年東京都生まれ。81年に早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業、(株)日本経済新聞社に記者として入社。企業や株式市場の取材を担当、88〜91年のフランクフルト支局長時代に「ベルリンの壁」崩壊からドイツ統一までを現地から報道した。音楽についての執筆は高校在学中に始め専門誌へも寄稿していた。日経社内でも93年に文化部へ移動、95〜2011年に編集委員を務めた。18年9月に退社後は「音楽ジャーナリスト@いけたく本舗」を名乗り、フリーランスの執筆、プロデュース、解説MC、コンクール審査などを続けている。12年に会津若松市で初演(18年再演)したオペラ「白虎」(加藤昌則作曲)ではエグゼクティブプロデューサーとなり、三菱UFJ信託芸術文化財団の佐川吉男賞を受けた。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

池田卓夫の記事

もっと見る