必見! 横浜聡子の傑作『いとみち』──心に沁みる、少女の成長譚
藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師
異能・横浜聡子監督の『いとみち』は、強い津軽弁なまりのせいで人見知りをこじらせていた女子高生・相馬いと(駒井蓮)が、津軽三味線の奏者としての「未知の自分」に出会うまでを、ユーモラスかつ感動的に描く傑作だ。──内向的ないとは、おずおずと自分の殻の外に出て、さまざまな他人に触れ、葛藤し、徐々に外界に対する「耐性」を身につけていく。
そうしたヒロインの成長物語は、映画の題材としては扱いにくいジャンルだろうが、横浜聡子は、人情劇、頓狂なコメディ、風刺精神という3要素を絶妙なさじ加減で混ぜ合わせ、難題を乗り切った。本作が自意識過剰なヒロインの「自分探しもの」でもなく、感傷過多のメロドラマでもなく、アナーキーな笑い一辺倒でもない、じわじわと心に沁みる、なんとも得難い人間ドラマたりえている所以(ゆえん)だ。
16歳のいとは、生活を変えたいが、何を始めたらいいのかわからずに、青森県・板柳の自宅と弘前市の高校を往復する日々を送っている。そんな彼女は、ひょんなことからメイド喫茶のアルバイト店員になるが、それが彼女にとって決定的な一歩となる。

『いとみち』(津軽メイド珈琲店の店員たち) 東京・ユーロスペースほか全国公開中
©2021『いとみち』製作委員会
そこで働く面々は、皆キャラの立った者ばかりだった。“永遠の22歳”がキャッチフレーズだが、10歳の娘を育てているシングルマザーの幸子(黒川芽衣)は、口は悪いが、いとの教育係兼相談役となる頼もしい女性(彼女は、五能線と奥羽本線を乗り継いで青森市のメイド喫茶にやって来た初対面のいとに、「あだし教育はしないよ。目で見ておべろ(覚えろ)」と名セリフを言う)。
そして、幸子と、同じく同僚の漫画家志望の智美(横田真悠)の辛辣な物言いが、本作にシニカルな妙味を添える。またメイド喫茶の店長・工藤も、一見キザな二枚目だが、実はメイド喫茶というコミュニティを束ねる硬骨漢で、その難役を中島歩が見事に演じている(工藤/中島は、成瀬巳喜男監督『女が階段を上る時』(1960)の銀座のバーのマネージャー、仲代達矢を連想させる)。
さらに医薬品詐欺容疑で逮捕される、舌先三寸のメイド喫茶オーナーの成田(古坂大魔王/かのピコ太郎にふんした芸人)もどこか憎めない人物だし、メイド喫茶の常連オタク・青木(宇野祥平)らの存在も、いかにも横浜聡子的なトリッキーな人物に造形されていて、思わずニヤニヤしてしまう(彼らはちょっと“シネフィル”っぽい)。

『いとみち』(オーナーの成田太郎/古坂大魔王(左)と店長の工藤優一郎/中島歩) ©2021『いとみち』製作委員会

『いとみち』(店の常連・青木/宇野祥平) ©2021『いとみち』製作委員会
そして、いとの祖母で津軽三味線の名手、相馬ハツヱ(西川洋子)も、存在感あふれるキーパーソンの一人で、いとはハツヱの影響で中学までは三味線が得意だったが、今はやめていた(西川洋子は津軽三味線のプロで、民俗学的にも貴重な存在)。

『いとみち』(相馬いと/駒井蓮と祖母の相馬ハツヱ/西川洋子) ©2021『いとみち』製作委員会
さらに、民俗学者で大学教授でもある、いとの父親・相馬耕一(豊川悦司)は、いくぶん滑稽化されて描かれる人物で、そんな父/耕一に対していとはずっと心を開かなかったが、後半、耕一がメイド喫茶に客として訪れるシーンを境に、父娘の心は少しずつ通い合うようになる(ラストで二人が岩木山に登るシーンは素晴らしいが、頂上に雲のかかった岩木山の裾広がりな姿をとらえたロング・ショットの、なんという美しさ! ちなみに本作の撮影は名手・柳島克己)。

『いとみち』(いとと、父親・耕一/豊川悦司) ©2021『いとみち』製作委員会
さらに、いとに津軽三味線に再挑戦するよう促す同級生の早苗(ジョナゴールド)の振る舞いも実にいいが、彼女のセリフ、「なんで人生って簡単じゃないんだべね」が心に響く。

『いとみち』(いとと、同級生の伊丸岡早苗/ジョナゴールド) ©2021『いとみち』製作委員会