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必見! 横浜聡子の傑作『いとみち』──心に沁みる、少女の成長譚

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

祖母から母、自分へ~三味線を弾くということ

 ところで、いとは幼い頃に母親を亡くしており、それもいとの内気な性格の一因であった。そして横浜監督は、いとの母・相馬小織を作中に登場させるに当たっても、細心の工夫をこらしている。

 駒井蓮が一人二役で演じる小織は、最初、相馬家の仏壇に置かれた遺影として映る。ついで遺影のそばのもう一枚の写真には、濡れ縁に腰掛け、大きく足を開いて三味線を弾いている若い頃の小織が映っている。さらにその少しあとの、いとの見る夢のなかにも小織は登場し、薄暗い部屋で三味線を弾いており、いとが「かっちゃ」(お母さん)と声をかけるが母は振り向かない。つまり、『いとみち』の急所ともいうべきこの一連では、母・小織のイメージを介して、いとの津軽三味線をめぐるジレンマが巧みに描かれるのだ。

──いとが中学時代には得意だった三味線を弾くのをやめてしまったこと、それは同時に、父もその死についてほとんど語らない母の記憶を、自分のなかから消し去ろうとすることだ。しかしその一方で、いとには、三味線をふたたび弾くことで母の記憶を、というか母の存在そのものを引き寄せようとする思いがあったのだ。

『いとみち』(いとと、同級生の伊丸岡早苗/ジョナゴールド) ©2021『いとみち』製作委員会拡大『いとみち』(いとと、同級生の伊丸岡早苗/ジョナゴールド) ©2021『いとみち』製作委員会

 そして、いとにとって、三味線に再チャレンジすることは、

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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