丹野未雪(たんの・みゆき) 編集者、ライター
1975年、宮城県生まれ。ほとんど非正規雇用で出版業界を転々と渡り歩く。おもに文芸、音楽、社会の分野で、雑誌や書籍の編集、執筆、構成にたずさわる。著書に『あたらしい無職』(タバブックス)、編集した主な書籍に、小林カツ代著『小林カツ代の日常茶飯 食の思想』(河出書房新社)、高橋純子著『仕方ない帝国』(河出書房新社)など。趣味は音楽家のツアーについていくこと。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
布地でできた小さなバッジに、どこかたどたどしいステッチで現れたのはこんなメッセージだ。──「家父長制は破壊するしかない」「よく読む女は危険な女」「くそふぇみ」──作り手はフェミニスト手芸グループ・山姥(やまんば)。拙くても自分の手先でかたちにすることがいかにラディカルな行為であるかを知らしめる2人組は、「今までにないとか言われると、そんなこと全然ないからマジで『よして』って思う」と言った。恐縮? 謙遜? あるいは──。かんなさん、マルリナさんに話を聞いた。
フェミニスト手芸グループ山姥(かんな、マルリナ)
2019年より活動開始。日本語でのメッセージを刺繍したバッジなどを製作し、2020年、2021年の国際女性デー(3月8日)に開催されたウィメンズマーチで、掲げるバナーを手芸で作成するプロジェクト「政治的な手芸部」を呼びかけた。67人の参加者の声を集めたZINE『政治的な手芸部 2021「わたし」たちのウィメンズマーチバナー製作記』を発行。
──「手芸」と聞いて一般的に浮かぶイメージに、良妻賢母、家庭的、内省的、大人しい女性といったようなものがあると思います。しかし、山姥さんの一連の手芸作品はそうしたイメージを覆しています。例えば、主要な作品であるバッジには「家父長制破壊者」「よく読む女は危険な生き物」「ジェンダー平等」といった言葉や、「家父長制の墓」という墓碑が刺繍されています。また、山姥さんが主導して製作したバナーは、ウィメンズマーチのフラワーデモ(3月)のほか、入管法改悪反対の抗議(5月)、東京五輪に反対するデモ(6月)でも掲げられ、ニュースサイトのサムネイル画像になるなど多くの人の目にふれましたが、このバナーでお二人が担当したところを見ると、すね毛や脇毛そのままの女性、真っ赤なレースに縁取られてくつろぐ真っ青な女たちが刺繍されています。図柄や言葉、デザインにユーモアがあり、なおかつ大胆不敵という印象があります。
マルリナ 2021年のバナーでは、文字「け」の担当だったので、「毛を剃れとも剃るなとも言ってくれるな」という願いを込めました。
かんな あれは「血の池地獄の女たち」がテーマだったんですけど、イメージ通りうまく表せたなって、自分でも気に入ってます。
──こういった図柄や言葉のインスピレーションは、どういったところから?
かんな 私はたいてい今読んでる本ですね。「血の池地獄の女たち」は、堕胎罪について調べていて、昔のお産についての本を読んでたら、仏教でも女性差別をしているという話が出てきて。女は生理や出産で血の穢れがあるから、血の池地獄に落ちるんだけど血盆経(けつぼんきょう)というもので救われるというマッチポンプについて書かれていた。だったら地獄でみんな楽しくしてたほうが良くない? って思ったので、地獄で女たちがのびのびしている姿を刺繍しました。それから、イベントとかで見聞きしたことにも引っ張られます。あるトークイベントでジェンダー教育をバッシングする人たちが、ジェンダフリーをオスもメスも区別がないカタツムリ化だと喧伝してたっていう話を聞いた時には、カタツムリの刺繍をすごいしてました。
マルリナ 毛のデザインは足毛とか脇毛を糸で表現したんですけど、前に小学校2年生くらいの子に「腕におけけが生えてるね。なんで(剃らないの)?」って言われたことがあって。そのとき、あ、そういう社会にしちゃってるんだなって思いました。それで、ニューヨークに旅行したときにBluestockingsっていうクィアなスペースで買った脇毛を生やしてる女の人のバッジのデザインを参考にしました。あと、私はトランス(ジェンダー・)フラッグを豪快に縫う人のクロスステッチもやったんですけど、それは下北沢の「ほん吉」さんという、フェミ本がめちゃくちゃある古本屋さんで買った図案集を参考にしました。家事をしている人が図案化されているんですけど、その姿がガニ股で力強いなって思ったので。トランス差別が続いてるなと思ってトランス・フラッグのデザインを入れました。
かんな 参加した他の人もバナーにはそれぞれ色や素材でメッセージを込めています。トランス差別反対を訴える意味で、トランスジェンダーカラーを使ってくれた人が何人かいました。いろいろな差別への反対の意思を込められてよかったと思ってます。
──刺繍で自分の考えをレスポンスしてるんですね。山姥さんの活動のきっかけとなったのが、2017年のウィメンズマーチに向けたプッシーハット作りで、その時に初めて編み物をされたとか。
マルリナ 「はたらく女性の全国センター」に5、6人で集まって、政治への文句とか喋りながらグダグダ手芸して。同じ空間でやるのが楽しかった。山姥はそこが始まりなんです。
かんな それこそ運動の先輩に編み物習った。
──いつ頃からフェミニズムの手芸グッズを作り始めたんですか?
かんな 2017年頃は手芸未満のことをしていたというか。もともと我々は好きな作家の追っかけをしていたんですよ。著作からイメージしてアイロンワッペンでハンカチを作ったり、プラパン(プラスチックの板に絵を描き、オーブントースターなどであたためて縮める工作)でキーホルダーを作って、それを作家さんのサイン会に行ってはプレゼントしていたんです。
マルリナ キモいね(笑)
かんな オタクとしての気持ちがほとばしりすぎて(笑)。で、作家さんがお手紙をくれたりして、それに感動して調子に乗ったという(笑)。めちゃめちゃ何回もプレゼント渡しに行ってたのは村田沙耶香さんと少年アヤちゃん。何回も行きすぎて顔を覚えられてるレベルで、「あー!」みたいな。それから、松田青子さんと津村記久子さん。この4人は本当に私の中でレジェンドなので、サイン会があると絶対行ってて。マルリナちゃんはもっといろんな人にあげてる。
マルリナ 写真家の長島有里枝さんにティッシュケースあげましたね。そこには「私たちは焼ききれなかった魔女の生き残りだ」っていう意味の英語のスローガンを刺繍しました。あとは、映画『プリズン・サークル』の監督の坂上香さんには椅子(映画のキー・ビジュアルになっている)を刺繍したのをあげました。映画を観て、椅子の大事さというかTC(セラピューティック・コミュニティ。映画では「回復共同体」とも呼ばれる)の場の重要性を感じたので。
かんな 笠原美智子さん(アーティゾン美術館副館長)に贈ったのが一番面白かった。
マルリナ (笑)。あれやばいよね。ただ「ジェンダー写真論」って刺繍したの。初めてクロスステッチしたやつかもしれない。
かんな 気合いだけは伝わる! でも、手芸やる人って、全然下手じゃなくても「自分は全然下手なんですけど……」っていう謎の前フリをするじゃないですか。それやめようよ、気持ちが伝わればいいんだよって。
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