メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

荒井裕樹『まとまらない言葉を生きる』──兌換紙幣の言葉と不換紙幣の言葉

大槻慎二 編集者、田畑書店社主

確かな手応えを感じる言葉たち

 ……と「まえがき」の冒頭から熱くなってしまったが、もちろんこの本の本領はそういうところにあるわけではない。著者は「障害者文化論」を専門とする「文学者」である。しかもそれは机上の研究に終始したものではなく、あるきっかけ(それは本人にとってのっぴきならないものだ)によって関わってきた障害者運動から得た知見に裏付けされた「兌換紙幣」的研究である。

 壊されていく「言葉」ももちろん問題だが、それ以前の、もっとその奥底にあること、「言葉」にまとめることができないものこそが大切なのだという立場から、著者は安易な「目次だて」では回収できない、「まとまらない」エピソードを挙げ、そこでギリギリ形になっている「言葉」を紹介する。たとえば……。

ある視点からすればいわゆる気が狂う状態とてもそれが抑圧に対する反逆として自然にあらわれるかぎり、それじたい正常なのです。

 これは精神障害への偏見がいまよりずっと強かった1974年に「全国『精神病』者集団」という団体に参加した吉田おさみさん(1931〜1984年)の言葉だ。

 あるいはハンセン病回復者の山下道輔さん(1929〜2014年)の次のような言葉。

昔の患者はある意味でみんな詩人だったんじゃないかな。自分じゃ気が付かないだけで。挫けそうな心を励まし、仲間をいたわる言葉をもっていたからね。

山下道輔さん=2008年、撮影・黒崎彰拡大山下道輔さん=2008年、撮影・黒崎彰

 著者は自ら身を置くフィールドから、あるいは渉猟した資料の中から、「まとまらない」ながらも、確かな手応えを感じる言葉を拾っていく。そしてその中でも、実際に付き合いの濃かった人たちが放つ、肌身に感じた言葉は生々しく響く。それはたとえば、障害者運動家で俳人でもある花田春兆さん(1925〜2017年)や、日本脳性マヒ者協会「青い芝の会」の伝説的運動家、横田弘さん(1933〜2013年)の言葉だ。

 とりわけ行政や運動の渦中で高い頻度で使われる「地域」という言葉に異和を称(とな)える横田さんの次のような言葉には、激しく心打たれる。

「地域」じゃない。「隣近所」だ。

「青い芝の会」の伝説的運動家、横田弘さん拡大横田弘さん=2006年

 ここまで、本書に取り上げられた言葉を列記し、その発言者のプロフィールを見ていくと、ここ数年、少なくとも10年以内に他界されている方が多いことに気づく。そういう意味では本書は、戦後社会を闘ってきた障害者運動の第一世代に向けた著者なりのレクイエムのようにも読める。また、彼らの志を継いでいこうという著者自らの決意表明のようにも読める。

 そしてそれは、戦争体験者が絶えようとしている現在、何とかして戦争の記憶を継承していこうという社会の動きと連動しているようにも思えるのだ。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

大槻慎二

大槻慎二(おおつき・しんじ) 編集者、田畑書店社主

1961年、長野県生まれ。名古屋大学文学部仏文科卒。福武書店(現ベネッセコーポレーション)で文芸雑誌「海燕」や文芸書の編集に携わった後、朝日新聞社に入社。出版局(のち朝日新聞出版)にて、「一冊の本」、「小説トリッパー」、朝日文庫の編集長を務める。2011年に退社し、現在、田畑書店社主。大阪芸術大学、奈良大学で、出版・編集と創作の講座を持つ。フリーで書籍の企画・編集も手がける。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです