メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

初音ミク、技術指向が開いた民族調の扉〜奇跡の3カ月(7)

「表現したいことではなく、この技術で何ができるかで作品をつくる」

丹治吉順 朝日新聞記者

初音ミク、音楽のプロも子育て中の主婦も作品発表〜奇跡の3カ月(6)から続く

【読者のみなさまへ】初音ミクとボーカロイドの文化にはきわめて多くの人々がかかわり、その全容は一人の記者に捉え切れるものではありません。記事を読んでお気づきの点やご意見など、コメント欄にお書きいただけると幸いです。一つひとつにお答えすることはかないませんが、コメントとともに成長するシリーズにできたらと願っています。

アーティスト気質とは正反対

アニメ「らき☆すた」のノリノリのラップ調主題歌「もってけ!セーラー服」カバーから、大自然を歌い上げる壮麗なケルト調オリジナルへ。続けて投稿された2曲の落差に戸惑う。加えて、前者の動画説明欄に「この曲で得たノウハウから次のオリジナル曲を作りました」と投稿者が書いているのを読むと、ますますわけがわからない。

「ボーカロイドを使う人にアーティスト気質と技術者気質があるとすれば、僕は完全に後者です。目の前にある技術を使ってどんな表現ができるか、それを追求したい」と、作者のyanagiさんはいう。

「アーティスト気質の人は、自分の中に表現したいものがあって、それを追求すると思うのですが、僕はむしろ自分が何を表現したいのか、探すのに苦労しています」

この連載の前回の終盤で、OPAさんの次のような趣旨の言葉を取り上げた。

「僕は音楽のプロではあるけれど、アーティストではないので、自分の作りたい音楽を作れない」

yanagiさんは、全く対照的なアプローチで曲作りに取り組んでいる。

初音ミクは、発売後の早い時期から、流暢に歌えることが評判になっていたが、ラップは難敵だった。その苦手なものをどこまで再現できるか、あえて挑戦したのが「もってけ!セーラー服」(修正版を2007年10月20日投稿)で、そこである程度の手応えを感じた。

「初音ミクに本気でもってけ!セーラーふくを(略) mix修正版」

「かなり面倒でしたが、とにかくこれを最後までやり通せたことで、『ボーカロイドはこう操作したらこう反応する』という感触がわかってきました。それで、自作のボーカル作品も聞ける形にできるだろうと思えるようになりました」とyanagiさんは振り返る。

そのようにして取り組んだオリジナル第1作が、これもオリジナル曲としては当時珍しかった民族調の自然賛歌「雲の遺跡」(最初のバージョンは2007年11月27日投稿)だった。初音ミクのソロだけでなく、コーラスのMEIKOも鮮烈な効果をあげている。

【初音ミク】雲の遺跡【MEIKO】(オリジナル曲・修正版)

「民族調音楽は作ったことがあり、逆に当時の初音ミクやボーカロイドの楽曲にはあまりなかった。そこで狙いに行きました。ミクのキャラソン的な作品が人気なのはわかっていたけれど、僕は年齢も高かったせいか、そういう方向のものを作るのにはちょっと照れがありました」

地方在住者がぶつかる壁

DTMという言葉が一般化するずっと以前の1980年代、小学生のときの誕生日プレゼントに、FM音源を搭載したMSX2+のパソコンを買ってもらった。それを使って「ドラゴンクエスト」(ファミリーコンピュータ版)の音楽の打ち込みをしていた。MSXは、米マイクロソフトと日本のアスキー両社が協力して開発、一世を風靡した規格。MSX2+はその後継だ。

「小学校でブラスバンド部に入っていて、音楽に興味を持っていたところでした。ゲームっ子でゲーム音楽が好きだったこともあって、それを再現してみようかと思ったんです。高校卒業くらいまで、ゲーム音楽の耳コピをしていました」

オリジナル音楽を作り始めてから、ネット越しに知り合った同人音楽レーベルの知人が作るコンピレーションアルバムに誘われたことがある。そのサークルの仲間は都会住まいで、ボーカルを収録する環境が整っている。地方在住だったyanagiさんにはその機会がなかった。

自分の音楽にボーカルを使いたい、そう思っているときにMEIKOを知る。飛びついて購入したものの、使い方がよくわからず、結局疎遠になっていった。本格的に歌ものを手がけるのは、ニコニコ動画と初音ミクの登場を目にしてからだ。

「『Ievan Polkka』や『みくみくにしてあげる♪』の爆発的な流行を見て、ボカロで作品を出すと聴いてもらえそうに思えました。それで再びやる気になったんです」

MEIKOを使ったカバー曲を最初に投稿したが、ミクの方がずっと聴いてもらえそうだ。そこで上げたのが冒頭に書いた「もってけ!セーラー服」の初期版と改良版。

腕試しは済んだ。そろそろオリジナルを作ってみよう。考えたのが民族調楽曲だった。ブラスバンドでクラシックに触れていたのと、愛聴していたZABADAKの作品がベースになった。

歌詞で難航、「1文字単位でパズルのように」

取り組んでみると、オケとメロディラインは比較的順調に作れたが、難航したのは歌詞だった。

「歌詞や曲名を考えるのが、本当に苦手なんです。韻を踏むにはどうしたらいいのかとか、1文字単位で言葉のパズルをしていたような状態でした」

当時の他の初音ミクとボーカロイド作品によくあるように、「雲の遺跡」も最初のバージョン投稿後、コメントの指摘を見て、修正版を再投稿した。その修正版が大きな反響を呼んだ。

「絶句した…すごい…」

「ミクの声、すげえ綺麗」

「このミク、力強くていいなあ」

「MEIKOやばいだろ、これ」

投稿後5日以内のコメントの例だ。初音ミクの歌唱に張りと力強さがあり、間に入るMEIKOのバックコーラスにも隙がない。前奏のコーラスが「栗ご飯」に、間奏部分が「あんたがたえーやん」に聞こえたりするので、その部分の「空耳」で視聴者が悪ノリするのも当時は定番になった。

「ニコニコ動画のランキングでも上位に上がったし、コメントも好評・悪評あったけど、どちらも励みになりました。反応をもらうことがうれしくて、会社のパソコンでこっそりチェックしたりもしましたね。一度は失われた場が戻ってきた、そんな気持ちでした」

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

丹治吉順

丹治吉順(たんじよしのぶ) 朝日新聞記者

1987年入社。東京・西部本社学芸部、アエラ編集部、ASAHIパソコン編集部、be編集部などを経て、現在、オピニオン編集部・論座編集部。機能不全家庭(児童虐待)、ITを主に取材。「文化・暮らし・若者」と「技術」の関係に関心を持つ。現在追跡中の主な技術ジャンルは、AI、VR/AR、5Gなど。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

丹治吉順の記事

もっと見る