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初音ミク、「ストラトスフィア」から「こちら、幸福安心委員会です。」へ〜奇跡の3カ月(8)「う」と「た」から飛び立つ彼方に

人と作品が結びつき織りなす軌跡

丹治吉順 朝日新聞記者

「歌詞が思いつかないからネギなんて」

コメントの色から、作詞者はorangeさんと呼ばれることになる。当時のやりとりについて、orangeさんはこう答える。

「ちゃんとした曲なのに、歌詞が思いつかないからネギだけ入れてアップ(投稿)するなんてことがあるってことにびっくりしました(笑)」

コメント投稿された詞を基に、完成した歌の作品として11月8日に改めて投稿されたのが「初音ミク オリジナル [utatata-Trance 02] -不在の女神-」だ。

初音ミク オリジナル [utatata-Trance 02] -不在の女神-

「う」と「た」だけだった歌が10分超の大作に

うたたPさんとorangeさんのコラボはむしろここからが本番だ。最初の投稿作「utatata-Trance 01」に11月7日、次のようなコメントが書き込まれている。

「夜明けの空を飛ぶイメージで作詞してみようかな? どうでしょう」(3分23秒)

これを書いたのがorangeさんだった。ただし、この「01」の動画上では、詞に関するやりとりはほとんどない。

うたたPさんによれば、動画コメントで自分のメールアドレスを公開して「よろしければ、こちらに連絡してください」と書き添え、それで連絡を取り合った。

メールアドレスなどという個人情報を動画のコメントに?とも思うが、「もともとインディーズ活動用に使用していて、ホームページなどにも記載していたアドレスなので、コメントに書き込むのも特に問題はありませんでした」と、うたたPさんはいう。

そのやりとりの結果、11月18日に「初音ミク オリジナル ストラトスフィア -utatata01 mig29 remix- + α」が投稿される。

とはいえまだ完成とまではいえなかった。さらに手を加え、10分超という大作として投稿したのが、11月27日の「【初音ミク オリジナル】 ストラトスフィア (Long ver.) 【初音Mig】」だ。

【初音ミク オリジナル】 ストラトスフィア (Long ver.) 【初音Mig】

冒頭に繰り返される「ラースタチュカ」はツバメを意味するロシア語で、戦闘機ミグ29の愛称として知られているという。

「曲を聞いて浮かんだイメージが、明けつつある空、その夜明けの空を飛んでいく孤独な鳥、といったものでした」とorangeさんはいう。

「自分がもともと持っていたイメージというより、どこかから降りてきたものを巫女のように拾っていく形でした。あとは…」と付け加える。

「ストラトスフィアを母音だけにするとウオアオウイアとなりますが、元のウタタウタタに近いかな、って」

視聴者たちが勝手に物語を作り出す

このロングバージョンは予想外の反響を巻き起こす。

楽曲の完成度は大きく上がり、ストラトスフィア(成層圏)を飛翔するツバメ=ミグ戦闘機というorangeさんの世界観も曲想とぴたりと合った。それが、戦闘機ものの映画やアニメ、ゲームなどを愛好する視聴者たちの想像力と遊び心をいたく刺激した。

視聴者たちは、「歌姫を守る操縦士」や「敵機を迎撃する操縦士」などの役割を勝手に担い、役割に沿ったセリフをコメントで次々と投稿し始めた。戦闘機もの映画やアニメの登場人物になり切った形で、見知らぬ視聴者たちがコメントで即興のドラマを繰り広げた。

動画内で《》で囲ったコメントは、そうした“操縦士”や“管制官”たちがやりとりする交信だ。そんな遊びが自然発生するのが、ニコニコ動画という場の特徴でもあった。10分を超す長さも、この「なりきり遊び」にむしろ貢献した。

コメントを使った視聴者たちの「なりきり遊び」。《》内が操縦士や管制官のせりふになる拡大コメントを使った視聴者たちの「なりきり遊び」。《》内が操縦士や管制官のせりふになる


筆者

丹治吉順

丹治吉順(たんじよしのぶ) 朝日新聞記者

1987年入社。東京・西部本社学芸部、アエラ編集部、ASAHIパソコン編集部、be編集部などを経て、現在、オピニオン編集部・論座編集部。機能不全家庭(児童虐待)、ITを主に取材。「文化・暮らし・若者」と「技術」の関係に関心を持つ。現在追跡中の主な技術ジャンルは、AI、VR/AR、5Gなど。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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