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初音ミク、「う」と「た」から飛び立つ彼方に〜奇跡の3カ月(8)

人と作品が結びつき織りなす軌跡

丹治吉順 朝日新聞記者

「初音ミク大喜利に、デジタル音楽で参加した」

「衝撃的でした」。視聴者たちのこうした反応について、うたたPさんは振り返る。

「自分のつくった作品に反響をいただくこと自体が直接モチベーションにつながりますし、もっと楽しめる作品を作りたいという気持ちにさせてもらえました。ストーリーコメントは、自分が見ていない角度から作品を捉えてくれていて、自分の作品なのに他の人の作品を見ているような感覚で読んでいました。そこからまたアレンジが浮かぶこともありました」

「う」と「た」だけだった歌、それが作詞未経験だった一視聴者のorangeさんを巻き込み、さらに他の大勢の視聴者が参加する偶発的な楽曲のドラマへと変わっていく。人と作品が織りなす予測不能な連鎖、それが初音ミク黎明期の文化を形成する大きな推進力になる。

当時の状況について、うたたPさんは改めてこう振り返る。

「あのころのニコニコ動画の初音ミクは、皆で『初音ミク大喜利』をしているような状態でしたね。『こんなジャンルで使いました』『こんなカバーをしました』『こんなふうに使いました』と、まるでネタの出し合いのような。私はそこにデジタル音楽で参加したというような感覚です」

orangeさんは、これをきっかけにボーカロイド作品の作詞も手がけるようになり、翌2008年には初音ミクとKAITOの代表的デュエットの一つ「サンドリヨン」(作曲・シグナルPさん)の詞も書いている。

5年後の大ヒット「幸福安心委員会」に至る連鎖

人と作品の連鎖は、まだ終わらない。ここから第2幕が開く。「ストラトスフィア」ロングバージョンに圧倒された作り手がまた一人あらわれた。ライトノベル作家の鳥居羊さん。これが後の注目曲「こちら、幸福安心委員会です。」(2012年)に直接結びつく出逢いとなる。

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筆者

丹治吉順

丹治吉順(たんじよしのぶ) 朝日新聞記者

1987年入社。東京・西部本社学芸部、アエラ編集部、ASAHIパソコン編集部、be編集部などを経て、現在、オピニオン編集部・論座編集部。機能不全家庭(児童虐待)、ITを主に取材。「文化・暮らし・若者」と「技術」の関係に関心を持つ。現在追跡中の主な技術ジャンルは、AI、VR/AR、5Gなど。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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