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コロナワクチンを巡るデマはなぜ生じやすいのか──山口真一氏に聞く(上)

不安や怒りが、ところどころに真実を含むデマやフェイクニュースを拡散させる

鈴木理香子 フリーライター

 世界で接種が進む新型コロナウイルスのワクチンで問題になっているのが、「ワクチンデマ」だ。ワクチンを接種すると「不妊になる」「流産する」「マイクロチップが埋め込まれている」といった誤った情報は、接種を不安視する一部の人の心理につけ込み、正しいものの見方を危うくする。そこで、ネットやソーシャルメディアで生じるデマやフェイクニュースの問題に精通する国際大学GLOCOM准教授・主任研究員の山口真一氏に、コロナ禍におけるワクチンデマの傾向や問題点について話を聞いた。

山口真一 国際大学GLOCOM准教授・主任研究員
1986年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。博士(経済学)。専門は計量経済学。研究分野は、ネットメディア論、情報経済論など。主な著書に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社新書)、『なぜ、それは儲かるのか──〈フリー+ソーシャル+価格差別〉×〈データ〉が最強な理由』(草思社)、『ネット炎上の研究──誰があおり、どう対処するのか』(共著、勁草書房)。ほかに東京大学客員連携研究員、シエンプレ株式会社顧問、日本リスクコミュニケーション協会理事などを務める。

山口真一・国際大学GLOCOM准教授、主任研究員山口真一・国際大学GLOCOM准教授、主任研究員

──新型コロナワクチンを担当する河野太郎行政改革担当相が、公式サイトでワクチンデマに言及したことが話題になりました。山口さんはソーシャルメディア上のフェイクニュースなどについて研究されていますが、そもそも「デマ」とはなんでしょうか。

山口 深い問いですね。デマとは誤った情報、根拠のない情報、ミスリーディングな情報などのことを指します。デマというとウソの情報をイメージしがちですが必ずしもそれだけでなく、ミスリードもデマに含まれます。実際、フェイクニュース・デマの真偽判定のガイドラインである「ファクトチェック・ガイドライン」には、ミスリードという判定があります。

 まずフェイクニュースの全般的な話から始めましょう。科学雑誌「サイエンス」に掲載された研究によると、フェイクニュースは真実のニュースに比べ、ソーシャルメディアではるかに拡散されやすいことがわかっています。フェイクニュースが伝わるスピードは真実のニュースが伝わるスピードに比べ、6倍速いということです。

──ウソのニュースの方が伝わりやすい。なぜそうなるのでしょう?

山口 その研究では理由の一つに「目新しさ」を挙げています。私たちは新しい情報、今まで触れていなかった情報に対して非常に興味を持ちやすいので、「こんな新しい話、知らなかった。みんなに知らせなければ」と、拡散してしまうのです。

 これに対して、真実は地に足がついた非常に地味なもので、情報としてはそれほど面白くない。だから拡散されにくいということがあります。

──いま拡散されているワクチンデマでは、読み手の不安をかき立てる内容が多く見られます。

山口 「ワクチンで死者が増える」、「打ったら不妊になる、流産する」「遺伝子情報を書き換えられる」「マイクロチップを埋め込まれる」といったデマですね。

 確かに、「怒り」や「不安」も拡散されやすい要素として挙げられます。私が以前行った研究では、デマやフェイクニュースを拡散する動機で最も多かったのは「怒り」で、その次が「不安」でした。特に怒り、いわゆる「こういうことは絶対に許せない」といった強い感情を抱くと、人々はソーシャルメディアに投稿したくなったり、拡散したくなったりする傾向にあります。そして、それを読んでいる人も共感して拡散する傾向があります。それがわかっているので、デマやフェイクニュースを発信する側は、意図的にそう仕向けている向きもあります。

取っ散らかっている正しい情報

HalfpointshutterstockHalfpoint/Shutterstock.com

──最近、政府がワクチンデマを問題視しているのは、これがワクチン接種の遅れにつながるという危惧からですよね。

山口 そうです。デマが広まればワクチンに対する誤ったネガティブなイメージがつき、接種が遅れることが懸念されます。ワクチンを接種する・しないは、個人がさまざまな情報を基に判断すべきことですが、デマが広く拡散すれば、そのような人々の判断を歪め、社会全体にとってマイナスの影響があります。

──ワクチンデマについては、厚生労働省はウエブサイト上で注意喚起をしています(「新型コロナワクチンの副反応疑い報告について」)。「ワクチン接種が原因で、何らかの病気による死亡者が増えるという知見は得られていません」とか、「海外の調査によれば、接種を受けた方に、流産は増えていません」とか。

山口 そうですね。我々から見ても、新型コロナワクチンに関しては、厚生労働省も内閣府もデマの打ち消しを含め、さまざまな情報を発信していると思います。しかし、いかんせん全体的にまとまりがなく、取っ散らかっている印象もあります。つまり、どこに行けばどういう情報が得られるのか、わかりづらい。一元的にチェックできるプラットホームにまとめてくれれば、一般の人も正しい情報に簡単にアクセスできるようになるのではないでしょうか。

──その通りですね。しかしなぜここまでワクチンに対するデマが広がるのでしょう?

山口 新型コロナに限らず、昔からワクチンを巡ってはデマが生じやすいと言われています。そこには概ね3つの理由があると考えています。

 1つめは「多くの人にかかわることで、関心が高い」という理由です。国は接種を推奨していますが、ワクチンは体内に入れるものなので、有効性もさることながら、安全性はどうなのか多くの人が気にしています。ワクチンメーカーなどが成分や副反応について公表していますが、それでも人々の不安をあおるようなデマやフェイクニュースが出やすく、伝わりやすいといえます。

 2つめは「高度な専門知識が必要」という理由です。ワクチンに限らず病気や医療に関する内容は総じて専門性が高く、一般の人が理解しにくい。新型コロナやワクチンに関しても一般の人には医学的な知識があまりないので、どうしても不安に陥りやすい。そういう状況だとデマやフェイクニュースが広がりやすいといえます。

 実際、デマを流すインフルエンサーのなかには、海外の英語の論文を引用しながら「それっぽく」説明し、読み手の怒りや不安をあおっている人もいますが、実際には翻訳を誤っていたり、拡大解釈していたりします。しかしそこが重要なポイントで、これはフェイクニュース全般にいえることですが、すべてウソではなく、ところどころ真実を入れたほうが説得力は増す。専門的な知識がない人にとっては、「正しいことを言っている」とデマを信じてしまうのです。

 3つめは

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