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【ヅカナビ】愛月ひかるが王道二枚目の集大成をみせた『マノン』

原作とタカラヅカ版との違いについてあれこれ考えてみた

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 この春に上演された『ロミオとジュリエット』では、Twitter上で「愛ちゃんの死」なるワードがトレンド入りしていたが、この夏は「愛ちゃんの愛」が熱く燃え上がった。

 星組公演『マノン』では、先日退団を発表したばかりの愛月ひかるが恋に身を焼く青年ロドリゴを演じて王道の二枚目としての姿を観客の心に焼きつけた。また、ヒロインのマノンを演じた有沙瞳も「ファムファタル」といわれる女性が心の奥に秘めた一途さでその愛に応えた。観客もまた、忘れかけていた純愛の世界に身を委ねてうっとりしたのである。

 だが、突っ込みどころも多い話であったことも否めない。その第一は、ロドリゴとマノンに立ちはだかる壁が常に「お金」であり、解決手段が常に「賭博」であったことだ。このため「ちゃんと働けば幸せに暮らせたのに」といった声も寄せられていた。

 そこで気になるのが「果たして原作の小説『マノン・レスコー』とタカラヅカの舞台はどこがどう違うのだろうか?」ということだ。それは一言でいうと「各論は原作に忠実だが、根本的なところがまったく違う」ものであるように思えた。

 いったい原作はどんな話なのか? 何故タカラヅカ版はこうなったのか? そしてロドリゴ、マノン、ミゲル、レスコーらの描かれ方は? 公演が終わって少し落ち着いた今、改めて振り返ってみたい。

『マノン・レスコー』原作のあらすじは

 最初に、原作のあらすじを追ってみよう。カッコ内がタカラヅカ版の役名とキャストである。なお、原作の舞台はスペインではなくフランスだ。

<第1部>
1)デ・グリュー(=ロドリゴ/愛月ひかる)は修道院に入れられそうになっているマノン(有沙瞳)と出会い恋に落ちる。デ・グリューはマノンを助け出してパリで一緒に暮らし始めるが、自宅に連れ戻されてしまう。

2)マノンが隣家のB氏(=フェルナンド/輝咲 玲央)と暮らしていると知り、失望したデ・グリューは友人ティベルジュ(=ミゲル/綺城ひか理)の説得もあり、神学校で学問に励むことにする。だが、いよいよ僧になれるかというときにマノンと再会したデ・グリューは神学校を飛び出してしまう。

3)デ・グリューとマノンはパリの郊外で暮らし始める。これを聞きつけたマノンの兄レスコー(天飛華音)が金をたかりに訪ねてくる。マノンの贅沢により金に困ったデ・グリューはレスコーに相談し、レスコーはデ・グリューにイカサマ賭博の指南をする。

4)召使いの金品持ち逃げ事件などにより金がいよいよ底をついたため、マノンはレスコーが紹介した金持ちのG・M氏(=アルフォンゾ公爵/朝水りょう)の援助を受けることにする。怒って訪ねてきたデ・グリューだが「弟のふりをしてG・M氏と食事をし、その隙にお金や宝石を持ち逃げしましょう」と提案され、デ・グリューも承諾する。だがG・M氏の通報で二人は警察に捕らえられ、マノンはオピタル(素行の悪い女性の収容施設)に、デ・グリューも修道院に入れられてしまう。

5)デ・グリューはティベルジュに手紙を託してレスコーを呼び出す。レスコーの助太刀でデ・グリューは修道院を抜け出し、T氏の助力を得てマノンをオピタルから脱獄させる。逃げる途中でレスコーが突然撃たれて死んでしまうが、それは賭博仲間とのいさかいによるものだった。デ・グリューとマノンは構わず逃亡する。

<第2部>
1)デ・グリューとマノンは再びひっそりと暮らし始めるが、T氏の紹介でG・M氏の息子と知り合う。彼がマノンを気に入ったので、マノンが彼に取り入って財産を巻き上げてG・M氏へ復讐しようと企てる。だが、これも失敗に終わり、二人は投獄される。デ・グリューは父の計らいで間もなく自由の身となるが、マノンはアメリカの植民地に送られることとなる。

2)デ・グリューは父の反対を押し切り、護送されていくマノンを追った。デ・グリューは護送兵を襲撃してマノンを奪おうと計画するが、協力者の裏切りで実現不能となる。デ・グリューはマノンについてアメリカに渡ることを決心し、マノンと共にアメリカ行きの船に乗る。

3)アメリカに連れてこられた女たちは植民地の男の妻とされたが、デ・グリューとマノンは夫婦だと思われたため一緒に暮らすことを許され、しばし幸せな日々が続いた。ところが、二人が正式な結婚を願い出たため、逆に未婚であることがばれてしまう。総督の息子シヌレがマノンを気に入っていたため、マノンが未婚であるならシヌレの妻になるべきだとの決定が下される。

4)逆上したデ・グリューとシヌレは決闘となる。シヌレを刺し殺してしまったかと思ったデ・グリューはマノンと逃亡の旅に出る。だが、疲れ果てたマノンは命を落としてしまう。

5)マノンの亡骸を埋めたデ・グリューは自身もそこで命が尽き果てるのを待っていたが、実は生きていたシヌレらに助け出される。療養の末、健康と穏やかな心を取り戻したデ・グリューはパリからやってきたティベルジュとも再会し、フランスに帰国することとなる。

細かいところは意外と原作に忠実

 つまりタカラヅカ版は、原作の第1部1、3〜5に第2部の2のエピソードを付け加えて構成されているといえる。第1部の2の神学校に入って勉強に励むくだりと、第2部の1のG・M氏の息子から財産を騙し取ろうとするところ、そして3〜5の、アメリカに渡って以降の話がカットされている。

 また、第1部の最後と第2部の2をうまく繋げるため、G・M氏(=アルフォンゾ公爵)の手によって二人が囚われの身となる経緯も異なっている。

 最も大きな違いは結末だ。タカラヅカ版は二人とも死んでしまうが、原作では二人はアメリカまで渡り、そこでマノンは死ぬがデ・グリューは生きて元の生活に戻るのだ。

 だが、各論の細かい部分は意外と原作に忠実に作り込まれていることに驚く。たとえば、ロドリゴとマノンが郊外での生活を始めるとき、「馬車と週2回の芝居見物だけをささやかな贅沢にしよう」というのは原作も同じだ原作ではここでデ・グリュー(=ロドリゴ)による堅実な収支予測計算もなされている。

 修道院を脱走する際に、「弾は込めなくてもいいから」とレスコーに頼んで持ってきてもらったピストルに何故か弾が入っているのも、じつは原作通りだ。ただ、原作ではデ・グリューは意思を持って門番を撃っており「撃たなければ修道院から抜け出すことはできなかった」と「レスコーが気を利かせて弾を込めてくれていたこと」に感謝している。

 このほかG・M氏を騙す計画でも、原作ではデ・グリューも弟のふりをすることに対して前向きに承諾するなど、意に反して犯罪に巻き込まれていくタカラヅカ版のロドリゴに比べて、原作のデ・グリューは恋に盲目のあまり罪を犯すこともいとわない。こうした点は、タカラヅカらしい配慮かも知れない。

 ちなみに、2幕でロドリゴが護送兵を襲撃してマノンを奪おうと計画するくだりも、原作では「レスコーがかつて紹介してくれた近衛兵(レスコー自身はこの時もう死んでいる)」に力を借りている。ところが、この近衛兵が集めてきた仲間が裏切り、与えた金だけ持って逃げてしまうのだ。このあたりも妙に忠実である。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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