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カンヌ国際映画祭リポート(上)――コロナ禍で2年ぶりに“再会”

女性初の単独パルムドール(最高賞)受賞、濱口竜介作品に脚本賞

林瑞絵 フリーライター、映画ジャーナリスト

歓迎ムード漂うカンヌの街

 昨年(2020年)、カンヌ国際映画祭はぎりぎりまで開催の望みを探っていた。だが、新型コロナウイルス感染症の脅威を前に5月の通常開催を断念。2021年、感染者数が比較的落ち着くと予測された夏に日程を延期し、史上初の7月開催とした。変異株の感染拡大など不安材料が残る綱渡り開催であったが、7月6日から17日までの日程を乗り切った。

 この間、フランス国民からは「中止せよ」といった抗議の声は一切なかった。カンヌの商業関係者や住民にも話を聞いたが、映画祭が町に戻ったことを歓迎していた。オリンピックを巡る日本国内の不協和音との差を感じる。

 当然、種々の感染対策が敷かれた。映画のオンライン予約制や屋内および上映中のマスク着用義務、そして記者会見が行われるメイン会場に入るには48時間以内の陰性証明、半年以内の抗体証明、ワクチン接種済み証明のいずれかが必要となった。

 会場近くにはPCR検査場が設置され、映画祭参加者は無料で利用できた。唾液式検査が可能で不快感が激減したのはありがたかった。ただし国内は鼻ぬぐい式が主流で唾液式は基本的に不可。なぜカンヌにだけ許されたのかは謎である。

会場近くに設置されたPCR検査場。映画祭参加者が無料で利用できるカンヌ国際映画祭の会場近くに設置されたPCR検査場。映画祭参加者は無料で利用できた=撮影・筆者

 アクレディテーション(参加許可証)の発行数は、2019年の4万枚に対し2万8000枚。南米やアジア、アメリカからのジャーナリストや業界関係者の参加が減った。

 一方、国内の若者の姿(一部、中国やロシアなど遠方から参加も)が目立った。彼らは2018年から始まった「カンヌの3日間」カード保持者。映画文化継承を目的に18歳から28歳までの映画ファンに無料パスを発行しているのだ。例年有効期限は3日だが、プロの参加が激減した今年は期間を急きょ延長して、映画祭最終日まで使用可能とした。カード保持者は今年に限って記者会見場にも入れる(ただし質問は不可)など映画祭を存分に満喫していた。

若者が映画祭に無料で参加ができる「カンヌの3日間」カード保持者(撮影=映画祭に無料で参加できる「カンヌの3日間」カードを持つ若者=撮影・筆者

コンペは豪華な布陣

スターがレッドカーペットを歩くメインの上映会場リュミエール 劇場カンヌ国際映画祭で、出演したスターがレッドカーペットを歩くメインの上映会場「リュミエール劇場」=撮影・筆者

 公式セレクションの作品数は86本。ここに監督週間や批評家週間といった非公式部門の作品が加わる。最高賞パルムドールの対象となるコンペティション部門は、2019年の21本から増え24本に。このうち国別の最多はフランスの7本。

 もちろんどの国際映画祭でも自国の映画を多めに選ぶ傾向はあるだろう。しかし今回はロックダウン下に特別措置を講じ、映画制作を奨励した文化政策の力が大きい。パルムドールを獲得したジュリア・デュクルノーの『チタン』、フランソワ・オゾンの『Tout s'est bien passé すべてうまくいった』、カトリーヌ・コルシニの『La Fracture 骨折』などは、コロナ禍で撮影中止や延期に見舞われながらも特別措置で完成にこぎ着けた。

 コロナ禍の撮影が難しかったアメリカは3本、フランス以外のヨーロッパは7本、アジア、中東、アフリカは各2本、オセアニアは1本。中南米に至ってはゼロだった。ただし年々共同製作が一般化し国籍の線引きが難しい作品も多い。カンヌの公式サイトで便宜上“フランス映画”と記載されたレオス・カラックスの『アネット』だが、フランスの他にアメリカ、メキシコ、スイス、ベルギー、日本(ユーロスペース)、ドイツが製作国に名を連ね、撮影はアメリカ、言語は英語の作品だ。

 コンペ内ですでに世界三大映画祭の最高賞を獲得した監督はジャック・オディアール、ナンニ・モレッティ、アスガー・ファルハディら6人。ポール・ヴァーホーベン、レオス・カラックス、ウェス・アンダーソンら、昨年からリアル開催の今年まで出品を持ち越した監督も多い。さらにショーン・ベイカー、ナダヴ・ラピドら注目の新鋭も加わり豪華な布陣となった。

コロナ禍で映画の“再会”の場に

記者会見などが行われるメイン会場パレ・デ・フェスティヴァル前記者会見などが行われたメイン会場「パレ・デ・フェスティヴァル」=撮影・筆者

 久々の現地開催は映画人や映画文化に“再会”という意味も込められた。ペドロ・アルモドヴァルや94歳となった『スケアクロウ』のジェリー・シャッツバーグは、新作がなくとも「記念の回に関わりたい」と自ら希望し、プレゼンテーターや旧作の紹介役として招待されていた。一昨年、脳卒中で容態が危ぶまれたカトリーヌ・ドヌーヴは、エマニュエル・ベルコ監督の非コンペ作品『De son vivant 生きてるうちに』で参加、元気にレッドカーペットを歩きファンを安堵させた。

 カンヌは昨年、現地開催の代わりに公式セレクションとして56本の新作に「Cannes 2020」ラベルを与えたが、その作品の監督も招待された。日本からは『本気のしるし<劇場版>』の深田晃司監督がレッドカーペットを歩いた。

 待たれていたのに“再会”が叶わなかった人もいる。

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