『ジュゼップ 戦場の画家』オーレル監督に聞く
「画家の生きた時代をグラフィックを通じて体感して欲しい」
叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京工学院講師
あえて架空のフランス人看守を語り部に

『ジュゼップ 戦場の画家』のオーレル監督
オーレル(Aurel)
1980年、フランス出身。イラストレーターとして、フランスの全国紙「ル・モンド」や週刊紙のイラストやデザインを多数担当。漫画家として2003年から2020年まで、バンド・デシネを中心に約20冊の単行本を出版。政治的社会的問題を扱ったノンフィクション作品も数多い。2011年、スタジオ「La Fabrique」で初の短編アニメーション作品『October Noire(黒い10月)』をFlorence Correと共同監督で制作した。これは1961年10月にパリで発生した警察によるデモ弾圧・アルジェリア人虐殺事件を扱った作品。2016年、初の長編アニメーション映画『ジュゼップ 戦場の画家』の制作を開始。2020年9月にフランスで公開され、高評価を得た。
──冒頭に「ワルシャワ労働歌」が流れます。元々はポーランドの歌ですが、世界中で翻訳されて歌われました。この映画では、どこの国の歌詞で歌われていたのでしょうか。
オーレル スペイン語です。スペイン内戦で歌われていた曲は他にも色々あったのですが、その中でも最も有名な曲です。どちらかと言うと、ソヴィエト連邦をはじめとする共産主義国の愛唱歌というイメージがありますが、スペインでは無政府主義者たちが歌っていたのです。「空に暗雲が立ち込めはじめた、自由を守るためにバリケードを築け」というような戦闘的な歌詞です。
──「ワルシャワ労働歌」を口ずさみながら国境をめざす3人は、アナーキストのエリオス、負傷したフランス人義勇兵のマルタン、そして共和主義者の画家ジュゼップという、立場の異なる男たちでした。彼らの言動を通じて、スペイン内戦が抱えていた矛盾、見殺しにしたフランス政府の対応など、複雑な事情が短時間で端的明瞭に語られています。実に濃密なプロローグだと思いました。
オーレル 全くその通りです。スペイン内戦の歴史を冒頭の数分で効率よく比喩的に語るにはどうすべきか、とても考えました。プロローグで長々と語ったりせず、暗くなったりもせずに、反フランコの3人の在り方を示そうと思いました。
最初は歌だけが流れる黒バックの静止画面です。その後に隠喩的な三つのシーンを挿入しました。一つ目は狼です。狼に対して3人が銃を撃つのですが、全ての弾が外れて飛んでいく。つまり、彼らがフランコに敗北したことを示しているわけです。二つ目が国境に向かって進むシーン。三つ目がフランスの強制収容所にたどり着くシーンです。

老いた看守セルジュは孫のヴァランタンに過去の記憶を語って聞かせる
──上映時間が74分と長編としては短いのですが、凝縮された無駄がない構成だと思いました。ジュゼップ本人の回想を時系列で再現するのではなく、フランス人看守のセルジュの記憶を通して断片的に語るという構成が実に優れていますね。さらに、セルジュが孫に語るという形を採ることで、ある種の軽さも生まれて現代への橋渡しも出来ています。
オーレル ありがとうございます。架空の人物であるセルジュに語らせるという構成は、脚本を担当したジャン=ルイ・ミレシの案を採用しました。もちろん、架空とはいえ、医者や将校など数名の人物を集めてセルジュという人物を造形しているわけです。

ジュゼップは強制収容所のフランス人看守セルジュと密かに友情を育む
今思い返すと、セルジュはこの映画に不可欠な存在であったと思います。
セルジュは
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