メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

【公演評】ミュージカル『ジェイミー』

思いを言葉にすることの大切さを伝える愛にあふれたミュージカル

橘涼香 演劇ライター


 高校のプロム(卒業行事)にドラァグクイーンとして出席したいと夢みた16歳のジェイミーが、数々の障害を乗り越えながら、自分の居場所、引いては関わる人々の居場所を獲得していくミュージカル『ジェイミー』が8月8日東京建物Brillia HALL で日本初演の幕を開けた(大阪、愛知公演あり)。

 ミュージカル『ジェイミー』は、英BBCで放送されたドキュメンタリー番組“Jamie; Drag Queen at 16”をもとに制作された作品。2017年に物語の舞台である英国のシェフィールドで開幕するや否や注目を集め、同年、ロンドン・ウエストエンドに進出。翌年にはローレンス・オリビエ賞5部門でノミネートを果たした。今回の日本初演では、イギリスのロックバンド「ザ・フィーリング」のリードシンガーであるダン・ギレスピー・セルズの熱い音楽と、トム・マックレーによる脚本のロンドンオリジナルクリエーションに加え、米国を中心に活躍するジェフリー・ペイジの演出・振付、石原敬の美術、十川ヒロ子の衣装と、日本版オリジナルのクリエイターが加わり、独自の美しい世界が立ち現われている。(※森崎ウィンさんと髙橋颯さん、それぞれのインタビューも掲載しています。)

日本版オリジナル演出がもたらした妙味

拡大『ジェイミー』公演から=田中亜紀 撮影

 舞台は幾多の箱を三層に組み立てたセットと、キャストたち自らが動かし、積み重ね、時に椅子、時にテーブル、時にカウンターに姿を変えていくやはり箱型の出道具を巧みに使って進行していく。その手法自体は演劇の基本を思わせるむしろアナログ的なものだが、セットには鮮やかな映像が場面に応じて映し出され、側面が光るクリスタルにも似た出道具が、ダンスシーンさながらにビートの効いた音楽に乗ったキャストによって運ばれることで、驚くほどの現代性とスピード感が生まれてくる。

 ジェイミーが閉じ込められている世界を表現したという石原敬の美術から、転換をもショーにしていったジェフリー・ペイジの発想が非常にユニークだし、十川ヒロ子の華やかで色彩豊かな衣装で繰り広げられる、心躍るダンスの数々が、舞台面を更にポップに弾ませていく。ダン・ギレスピー・セルズの音楽は適度にキャッチーかつ実に多彩で、目にも耳にも楽しいエンターティメントが弾みに弾んでいく。

拡大『ジェイミー』公演から=田中亜紀 撮影

 そんな世界観のなかで展開されるのは、ドラァグクイーンに憧れる16歳の少年ジェイミーの物語だ。幼い頃から母親の衣服やハイヒールに強い関心を持っていたジェイミーは、自分が求めるものを8歳の時に父親から手ひどい言葉で否定されて以来、心に深い傷を負っている。父親に認めてもらいたい、愛されたいという願いと、自分の心のままに生きたいという欲求の間で揺れ動く彼は、居場所を探し、自分が何者なのかを知ろうとして迷い続ける。

 その葛藤を憂い、ジェイミーが踏み出す一歩を応援する気持ちが自然に沸き、観る者の胸を打つ。それは、あるがままの息子を誇りに思う母・マーガレット、その親友で家族同然にジェイミーを支えるレイ、そしてジェイミーが前に進むことを後押しする伝説のドラァグクイーン、ロコ・シャネルことヒューゴと、ドラァグスたちが紡ぐ心の交感があるからに他ならない。

全く異なるアプローチでありつつ共に魅力的な二人のジェイミー

 思えばそれがドラァグクイーンを夢見るというほどの重さではないにしても、世の中や周囲が求める「良い子」の規範と、在りたい自分との間に乖離を覚えたことがないという人の方がむしろ少ないだろう。まして子供にとって、生まれた家庭はそれ自体が世界の全てだし、ひとつの学び舎で同じ顔と過ごし続ける学生時代が、人生でそれほど長い期間ではないと気づけるのは大人になってからだ。16歳の少年にとって、家族に、学校に、同級生たちに自分の存在を認めてもらえないことは、世界が自分を認めないこととまるで変わらない。

 その閉塞感に取り巻かれた時、彼を育み、出会い、愛する人たちがかける限りなく温かい言葉がどれほどの力を生むことか。「どんな時もあなたの味方」「自分を否定する言葉を決して発してはいけない」「あなたは美しい」「みんな同じなんてつまらない」「あなたを愛している」それら力強い愛の言葉が、ジェイミーを否定する数々の口汚い言葉を塗り替えていく様の美しさには比類がないものがある。

拡大『ジェイミー』公演から、森崎ウィン=田中亜紀 撮影

 そんな世界に生きるジェイミーを演じたWキャストのひとりの森崎ウィンは、森崎自身がジェイミーを知ろうとして葛藤し、もがき、考え続けたのだろう時間と思いの深さが、役柄からにじみ出る演じぶりで群を抜く。ジェイミーが父親にかけられた言葉によってそびえ立っている高い壁を越えようと歌う「頭の中の壁」のナンバーの切々とした表現に代表される、起きる出来事に一喜一憂するジェイミーの心理描写が非常に深い。それでいてチャーミングさを失わない森崎の演技者としての力量を改めて知る思いがする。決意をもった生き方に喝采を贈りたいジェイミーだった。

拡大『ジェイミー』公演から、髙橋颯=田中亜紀 撮影

 もう一人のジェイミー髙橋颯は、初登場してきた瞬間「あぁ、ジェイミーがいる」と思わせる存在感で魅了する。長い手足も、不安を内に秘めた佇まいも、それが逆に振り切れて過信につながっていく少年らしい心の昂りも、全てがそのままジェイミーを感じさせ、ドレス姿のポージングも美しい。稽古期間中のインタビューで、ジェイミーと自分がとても近くて、演じているというよりも生きているに近い感覚という趣旨を語っていたのもうなずける適役で、とても放っておけない、ずっと見守りたくなるジェイミーだった。

 二人のジェイミーがまるで違うアプローチでありつつ、共に非常に高い完成度を示したのが、この作品があとを引く大きな要因になっていて、森崎のジェイミーを観ると髙橋のジェイミーも観たくなり、髙橋のジェイミーを観るとまた森崎のジェイミーをと、まさに嬉しい悲鳴のW主演になっている。

◆公演情報◆
ミュージカル『ジェイミー』
東京:2021年8月8日(日)~29日(日)  東京建物Brillia HALL
大阪:2021年9月4日(土)~12日(日)  新歌舞伎座
愛知:2021年9月25日(土)~26日(日)  愛知県芸術劇場 大ホール
公式ホームページ
[スタッフ]
音楽:ダン・ギレスピー・セルズ
作:トム・マックレー
日本版演出・振付:ジェフリー・ペイジ
翻訳・訳詞:福田響志
[出演]
森崎ウィン・髙橋颯 (WATWING)(Wキャスト)/安蘭けい
田村芽実・山口乃々華(Wキャスト)、 佐藤流司・矢部昌暉(Wキャスト)
伊藤かの子、太田将熙、川原一馬、小西詠斗、鈴木瑛美子、田野優花、フランク莉奈、MAOTO
樋口麻美、実咲凛音、永野亮比己
泉見洋平、吉野圭吾
保坂知寿、今井清隆、石川禅
 
森崎ウィン インタビュー(上)(下)
髙橋颯 インタビュー(上)(下)

・・・ログインして読む
(残り:約3106文字/本文:約5927文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

橘涼香

橘涼香(たちばな・すずか) 演劇ライター

埼玉県生まれ。音楽大学ピアノ専攻出身でピアノ講師を務めながら、幼い頃からどっぷりハマっていた演劇愛を書き綴ったレビュー投稿が採用されたのをきっかけに演劇ライターに。途中今はなきパレット文庫の新人賞に引っかかり、小説書きに方向転換するも鬱病を発症して頓挫。長いブランクを経て社会復帰できたのは一重に演劇が、ライブの素晴らしさが力をくれた故。今はそんなライブ全般の楽しさ、素晴らしさを一人でも多くの方にお伝えしたい!との想いで公演レビュー、キャストインタビュー等を執筆している。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

橘涼香の記事

もっと見る