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「元祖・ボカロP」が残した足跡(上)〜初音ミク、奇跡の3カ月(9)

「音楽を動画で聴く時代」に先駆けた工夫

丹治吉順 朝日新聞記者

「初音ミク、「う」と「た」から飛び立つ彼方に〜奇跡の3カ月(8)」から続く

注目される「ボカロP」、その初代は

「初音ミクはブームになる。けれどそのブームは数カ月で終わるに違いない。それなら、とにかくその間に遊び尽くさなければと思っていました」と、今回の記事の主役は語る。「予想は全然外れましたが(笑)」

初音ミクやボーカロイド文化の黎明期、「時代の証人」のような人を選ぶとすれば、この人は筆頭の一人だろう。

「文化」などと呼ぶにははるかに不完全だったころ、OSTER projectさんが「部活みたいだった」と表現し、azumaさんが「初音ミクを『歌姫』と呼ぶなんてとんでもない」と語っていた時期。その本当の意味での最初期に、この人の活動が撒いた種は多い。その足跡を、その後の人々は時に意識せずに踏襲・活用している。

ワンカップP──なんともとぼけた感じのその名の由来自体に、現在の日本のメジャー音楽シーンに注目されている言葉の源流がある。

特に今年2021年に入って、地上波テレビなどでもしばしば特集されるようになった「ボカロP」。初音ミクをはじめとする歌声合成ソフトで楽曲を作る人々、あるいは、そうしたソフトに関連づけられたキャラクターや楽曲などを基にさまざまな創作活動をする人々を指す言葉だ(この“定義”も固定されたものではない。関わる人々やコミュニティのコンセンサスによっていろいろと変わる)。

今日の名だたるヒットメーカーたち──この連載の「序」でも触れた米津玄師さん、YOASOBIのAyaseさん、ヨルシカのn-bunaさん──こうした人たちも、かつての、あるいは現役の「ボカロP」だ。

長い間、歌声合成ソフトの主流はヤマハのボーカロイドエンジンを利用したものだった。このため、「ボカロ(ボーカロイドの略)」を使って作品を作る「P(プロデューサーの略)」として、「ボカロP」の呼び名が定着した。元をただせば、こうしたアマチュアクリエイターを「P」と呼ぶこと自体が、ニコニコ動画の他の人気ジャンルの用語の流用だった。

その「ボカロP」の初代が、今回の主役・ワンカップPといわれている。

動画に歌詞字幕をつける工夫

ワンカップPさんの足跡は最初のボカロPというだけではない。その後の初音ミクやボーカロイドの動画作品で定番になったいくつかの手法を黎明期の段階で採り入れている。

例えば、ボーカロイドが歌う動画に歌詞の字幕を入れること。

ボーカロイドの歌は人間に比べると歌詞が聞き取りにくいので、後の時期になると、歌詞を動画に組み込んで投稿することが増えた。さらにその文字にさまざまな特殊効果を加えて強調することがボーカロイド動画では主流になっていった。スマートフォンの普及後は、音楽を動画サイトで視聴する習慣が一般的になってきていることの影響か、ボーカロイドに限らず人間の歌唱の動画にも歌詞を強調したものが現れてきている。

ワンカップPさんはそうした「歌詞つき動画」の投稿を、2007年9月初めの時点で自覚的に始めていた。

動画に歌詞の字幕を入れ、「歌を目で追える」ようにしている(2007年9月6日投稿「初音ミクが届いた気がしましたが」から)拡大動画に歌詞の字幕を入れ、「歌を目で追える」ようにしている(2007年9月6日投稿「初音ミクが届いた気がしましたが」から)

「耳からの情報だけで歌詞がくっきりわかるほど上手に作れなかったもので」とワンカップPさんは理由を説明する。「歌詞がネタのメインなのにそれが伝わらないのは致命的ですから」

「すでに地上波テレビでも字幕をガンガン出すのは一般的だったと思います。よく聴こえていなくても、画面を見ていれば歌詞がわかる。それで『聴きやすい』と錯覚してもらえたらいいかな、と」

実際、文字を見ながら聴くと、何を歌っているかわかりやすい。むろん、最初に動画に歌詞をつけたのがワンカップPさんなのか、他の誰かがすでに始めていたのかを今から精査するのは不可能に近い。だが「動画での歌詞の扱い」という点に早くから自覚的だった一人とはいえるだろう。

背景を暗めにし、視聴者コメントを読みやすくした拡大背景を暗めにし、視聴者コメントを読みやすくした

また、投稿動画の絵の背景を純白ではなく、色つきや、白でもやや暗めの色調にしたのも特徴といえる。ニコニコ動画の視聴者コメントは、視聴者が特に設定をしない限り白い字幕で流れるため、それを見やすくする配慮だ。

動画一覧で一目でわかる独自のイラスト

さらに、自ら描いた独特なタッチの絵を動画に採り入れたこと。これもこの時期では相当に珍しかった。当時の初音ミク動画は、とりあえず公式のビジュアルを貼り付け、それに若干の加工を施した程度のものが大半で、動画一覧にすると似たようなものがずらりと並ぶ。ワンカップPさんの絵は筆ペンを用いた個性的なもので、一覧にしたとき一目でわかる。

筆ペンで描いた自筆の絵を動画のサムネイルにした。動画一覧に並ぶと一目でワンカップPさんの作品とわかる拡大筆ペンで描いた自筆の絵を動画のサムネイルにした。動画一覧に並ぶと一目でワンカップPさんの作品とわかる

ワンカップPさんがこうした手法全部の創始者とは断言できないし、後の人の多くもワンカップPさんを直接まねしたわけではなく、気がついたらこれらの手法に自然にたどり着いていたのだろう。だがいずれも、最初期に採用していたのがワンカップPさんということは間違いなさそうだ。単なる「最初のボカロP」というわけではない。

現在では当たり前になった「音楽を動画で聴く」ための手がかりになる方法を、早期から採り入れていた一人といえるだろう。

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筆者

丹治吉順

丹治吉順(たんじよしのぶ) 朝日新聞記者

1987年入社。東京・西部本社学芸部、アエラ編集部、ASAHIパソコン編集部、be編集部などを経て、現在、オピニオン編集部・論座編集部。機能不全家庭(児童虐待)、ITを主に取材。「文化・暮らし・若者」と「技術」の関係に関心を持つ。現在追跡中の主な技術ジャンルは、AI、VR/AR、5Gなど。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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