必見! 濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』(上)──重層的な物語の野心作
藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師
セックスのあと語られる「物語」、不倫……妻の謎
では、上映時間179分の『ドライブ・マイ・カー』とは、どのような映画なのか。以下、本作の重層的な物語を要約しつつ、濱口演出のいくつかの要点に触れてみたい。
──舞台俳優で演出家の家福(西島秀俊)は、ある日、愛妻の音(おと:霧島れいか)を突然、亡くす(彼女の死因はくも膜下出血)。音は元女優の人気脚本家であり、家福にとっては仕事上でも欠かせないパートナーであったから、家福は深い喪失感に見舞われる。
だが濱口は、役者の大仰な演技を排する彼らしく、家福/西島の心理=悲しみの表現には拘泥せずに、画面を音の葬儀のシーンへと素早く切り替え、それをも短く切り上げると、出演者たちをクレジットで示す。つまり、そこで物語が一段落し(ここまでが約40分)、さらに「2年後」というテロップと共に、ドラマは新たな段階へと向かう(巧みな時間省略による展開の早さに唸らされるが、ここでは便宜的に、この約40分の導入部/序章を「パート1」、それ以降の約2時間20分の部分を「パート2」と呼ぶ。なお「パート1」では、24年前に家福夫婦が生まれたばかりの娘を亡くしたことも語られる)。
音の死、娘の死という重い出来事を含みながらも淡々と滑らかに描かれる「パート1」では、しかし音をめぐるミステリーが仕掛けられる。そもそも音は不可思議な女性で、家福とのセックスでオーガズムを得たあと、
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