丹治吉順(たんじよしのぶ) 朝日新聞記者
1987年入社。東京・西部本社学芸部、アエラ編集部、ASAHIパソコン編集部、be編集部などを経て、現在、オピニオン編集部・論座編集部。機能不全家庭(児童虐待)、ITを主に取材。「文化・暮らし・若者」と「技術」の関係に関心を持つ。現在追跡中の主な技術ジャンルは、AI、VR/AR、5Gなど。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
「何でもあり」から生まれた文化的果実
「元祖・ボカロP」が残した足跡(下)〜初音ミク、奇跡の3カ月(10)から続く
【読者のみなさまへ】今回は、これまでの回とやや毛色が違い、現在(正しくは最近5〜6年)の初音ミクとボーカロイド(歌声合成ソフト)による文化の概略を記します。趣旨は記事冒頭にある通りです。とりわけ2020〜2021年のボカロ文化はさまざまな実りをもたらしましたが、筆者が挙げている例は、それらの文化的成果のごく一部にすぎません。そうした至らない部分に関する実例を、コメント欄に記していただけると幸いです。思いつくままでけっこうです。この現象は、一人の記者が捉え切るには巨大すぎ、また多様すぎるからです。ご協力をお願いできると幸いです。
初音ミクが誕生して約3カ月半の文化形成期を「カンブリア進化爆発」に例えた人がいる。
考えつく限りの多様な出来事が、初音ミクを中心に起きた。ちょっとした思いつきや可能性を、人々は初音ミクを素材に試し続けた。意味不明な怪作や珍作も続々と生まれたし、一方で今日まで視聴され続けるような秀作・佳作も発表された。
統一などされていない。さまざまなお祭りが至るところで並行して起きた。皆が好奇心の赴くまま、自分に可能な方法で、興味ある祭りに気軽に、好き勝手に参加した。
この時期の特徴は、「文化」と捉えてよいのかわからない一種はちゃめちゃな遊びにあった。「歌を歌う道具」であり、「誰が描いても一目でわかる特徴的な外見のキャラクター」である初音ミクを素材に、毎日毎日、大勢の人たちが遊び倒した。その中から時々、びっくりするようなレベルの楽曲や動画作品が登場した。
その混沌の一部を次回から数回記していくが、筆者には少しためらいがある。その混沌だけを描いた場合、そもそも記事として報告する意義を疑われそうにも思える。初音ミクやボーカロイドの文化に全くなじみのない読者はもちろん、現在のネット文化をよく知る人にとっても、無意味な記述と取られるのではないかという危惧だ。
それもあって今回は、最近5〜6年程度の初音ミクやボーカロイド由来の文化の定着を確認しておく。いわば幕間の回だ。
定番中の定番から。2016年10月12日に投稿されたバルーンこと須田景凪さんの「シャルル」。2014年に第1弾が発売されたボーカロイド「v_flower」が歌う。
この曲はカラオケランキングの上位常連で、通信カラオケJOYSOUNDの場合、年間総合チャートで2018年に7位、19年に3位、20年も11位に入っている。
ちなみに特に若年層のカラオケ人気の主流はボーカロイド楽曲といっていい。たとえばコロナ禍前の2019年、JOYSOUNDの10代の年間ランキングでは、「シャルル」を筆頭に上位20曲中7曲がボーカロイド楽曲だった。また、米津玄師さんやヨルシカら、初音ミクとボーカロイド文化の中から世に出たアーティストの作品も含めれば20曲中12曲と過半数を占める。今の十代にとって、ボーカロイド系の楽曲はごく当たり前の音楽になっている。
JOYSOUND 2019年年代別カラオケ年間ランキング(10代)
ユニットYOASOBIで大ブレイクしたAyaseさんが初音ミクを使った代表作の一つ「ラストリゾート」(2019年4月30日投稿、歌唱:初音ミク)。Ayaseさんらしさがはっきりと聴き取れる。YOASOBIで「夜に駆ける」を大ヒットさせた後も、Ayaseさんは初音ミクの楽曲を発表し続けている。
「初音ミクはなぜ世界を変えたのか?」などの著書のある柴那典さんのインタビューによれば、YOASOBIのユニット結成を企画したソニー・ミュージックエンタテインメントの担当者がAyaseさんを起用したきっかけの一つがこの「ラストリゾート」だった。
2020年最大のヒット「YOASOBI」が“異例の大ブレイク”を果たすまで
ヒットチャートの常連といえば、先輩格のヨルシカ。このユニットのソングライターn-bunaさんも初音ミクやボーカロイドを使った楽曲から知られるようになった。ここでは「ヨヒラ」(2018年3月9日投稿、歌唱:初音ミク)を挙げる。
加えて、2010年代半ば以降の代表格の一人Orangestarさんでは、例えば「キミノヨゾラ哨戒班」(2015年8月投稿、歌唱:IA -ARIA ON THE PLANETES-)を。これらの楽曲のきめ細かいリズムの刻み、伴奏とあいまって揺れ動くメロディ進行、多彩で繊細な音色変化、時に痛みを隠さない歌詞は、筆者が見る限り、少なくとも10代〜20代の若年層にとってなじみ深いものになっているようだ。
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