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『これはただの夏』の著者・燃え殻さんに聞く「特別な一冊」への思い

「いつまでも不変であってほしいと思いながら書きました」

二ノ宮金子  フリーライター

 デビュー作にしてベストセラーとなった小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社/Netflixで映画化され11月5日に配信、劇場同時公開)から4年。その著者、燃え殻さんの小説第2弾『これはただの夏』(新潮社)が刊行された。

 前作同様、テレビ制作会社の仕事に忙殺されながら生きる主人公「ボク」の、その後を描く。ボクを取り巻くのは、取引先の披露宴で出会った優香、テレビ局のディレクターで末期がん闘病中の大関、そして同じマンションのエントランスで出くわした小学生の明菜。ボクは、ひょんなことから明菜の面倒をみることになって……。

 『これはただの夏』は、自分にとって特別な一冊と語る燃え殻さんに、その思いを聞いた。

燃え殻燃え殻さん=撮影・大野洋介

燃え殻(もえがら) 1973年生まれ。小説家、エッセイスト。テレビ美術制作会社企画。2017年、小説家デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)がベストセラーになる。ほかの著書に『すべて忘れてしまうから』‎『夢に迷って、タクシーを呼んだ』(ともに扶桑社)、『相談の森』(ネコノス)。原作を担当した朗読劇『湯布院奇行』は9月28日から新国立劇場で上演。

──デビュー作から4年、待望の小説が刊行されましたね。

燃え殻 『ボクたち』から『これはただの夏』までは確かに4年ほどありますが、この期間は、僕の中で新しい仕事に挑戦する時期でもありました。「週刊SPA!」や「週刊新潮」で週刊連載にチャレンジし、エッセーなどを書いていたこともあり、ここ3年くらいは何かしらずっと書き続けていたんです。『これはただの夏』も「yomyom」で連載していましたし、実は自分としてはあんまりあいた気がしていないんです。

 『ボクたち』は、砂をかき集めるようにして自分の経験談を少しアレンジしながら書くみたいなことをやりました。この時は、一部でこんなの小説じゃないってハレーションはあるかもしれないけど、ある程度の人たちが共鳴することがあるんじゃないかなって思いながら書いていたんです。

 『これはただの夏』に関しては、しいて言えば本好きの自分の母に読んでほしいぐらいで、まったく読者を設定していませんでした。ほかのインタビューでも「これは誰に読んでほしいですか」みたいなことを聞かれましたが、わからなくて。でも僕はいつか自分が小説を書かなくなった時に、『これはただの夏』を書いてよかったって言うでしょうね。

主人公自身が揺さぶられて

燃え殻さんの小説第2弾『これはただの夏』(新潮社)燃え殻『これはただの夏』(新潮社)
──『ボクたち』は自伝的小説というポジションでしたが、『これはただの夏』は同じ主人公の「ボク」が登場してはいるものの、ボク以外はすべて架空の人物です。小説が、こういう形にシフトすることは最初から決められていたんでしょうか。

燃え殻 前作に関して言うと、自分の中にあるものを書くしかなかったっていうことだと思います。その後、週刊誌で連載を始めて、毎週書く訓練をしていく中で、自分の中にあるものだけではなくて、あの主人公がその後どうなったんだろう、こうなったんではないだろうかというものも含めて、緩やかに繋がっていきました。『ボクたち』と『これはただの夏』の主人公は同一人物ですが、彼を中心にして、過去と未来を成立させたかったという気持ちがあったんです。

──10歳の少女の明菜や、披露宴で出会った優香、がん闘病中の大関など魅力的なキャラクターが登場しますね。

燃え殻 明菜は、母親と二人暮らしでその母親は留守がちという境遇です。彼女はまるで大人のようにしっかりしなければいけないという立場の子どもです。がん闘病中の大関にはタイムリミットがありますし、優香はある意味うまく生きながらも人に言えないことを抱えています。そんな彼らにあまり濃くはないけど関わっていくことで、主人公自身が少し揺さぶられて「自分も変わっていかなければいけないのではないか」というふうになるようにしたかったんです。

──主人公は40代ですが、これくらいの歳になってくると人生において自ら大きなシフトチェンジっていうのはなかなか起きにくい気はします。

燃え殻 自分の中で変えられる人もいるかもしれないですけど、ほとんどの場合は環境とかによって変わってくるのではないでしょうか。「少しずつでも変わっていかなきゃいけないよね」とか、「変わらざるを得ないよね」っていうときに、例えば明菜みたいな人に会って「彼女に大人として世の中は捨てたもんじゃないって思わせたい」と、初めて自覚的に大人を演じることってあると思うんです。

 初めは「ごっこ」だったかもしれない。でもみんな最初は大人ごっこだったり、社会人ごっこだったと思うんですよ。でもそのごっこがだんだん本当になっていくんじゃないのかな。

 だから本作では、主人公と優香と明菜で、どうにか帳尻を合わせるかのように、なんとなく家族ごっこのようなものをしていくわけです。それは世間の人たちからしたら「遅えよ、バカ」で終わっちゃうかもしれないけど、でも彼らなりに一生懸命やっているんです。そこは僕と一緒なんすけどね(笑)

──主人公に限らず、いったいどれだけの人が、大人になれたのかなと改めて考えさせられます。

燃え殻 これは逆説的なんですが、「大人になれなかった」みたいなこと言っている人って

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