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初音ミク、解放区への道筋〜奇跡の3カ月(13)

ネット文化と知的財産権、その相剋の時代

丹治吉順 朝日新聞記者

ニコマスPたちの焦燥と切迫感

そのジャンルとは、「ニコマス」のことだ。

ニコニコ動画で、初音ミクに先立つ2007年春ごろからブームを呼んだ。ナムコ(現・バンダイナムコエンターテインメント)の「THE IDOLM@STER(アイドルマスター)」(略称・アイマス)というゲームが母体で、ニコニコ動画で扱うアイマスのコンテンツを略して「ニコマス」と呼ぶ。この「ニコマス」には、オリジナルのアイマスとは大きく異なる特徴がある。

アイマスは「アイドルプロデュースゲーム」に分類される。プレイヤーはアイドルを育てるプロデューサー(略称「P」)となり、ゲーム中に登場するアイドルの卵たちが一人前のアイドルになるようプロデュースしていく。

アイマスの見どころの一つは、育てたアイドルたちが魅力的なショーのステージを披露する場面だ。ニコマスは、このステージ画面を複製・編集して、各ユーザーがオリジナルとは違った新しいステージ動画を生み出すジャンルだ。楽曲も、ゲームの音楽とは違った既存の商業楽曲が使われる場合が多い。

こうした再編集動画を作って投稿する人々が「ニコマスP」と呼ばれた。この「P」が初音ミクやボーカロイド(ボカロ)のジャンルに流用されて「ボカロP」という呼び名が生まれたことはすでに触れている。

初期のニコマスの投稿者(ニコマスP)たちの多くは、自分たちが著作権に触れる行為をしていることをはっきり自覚していたようだ。

「佐倉葉ウェブ文化教室」というサイトには、当時のニコマスPの発言として、次のような言葉が引用されている(出典は、同サイトにリンクが貼られている同人誌と思われる)。

「2007年のニコマスPが共有していたはずだ、と筆者が確信している感覚について述べておきます。 それは、『俺達に明日は無い』という感覚です。 アイマスは別としても、ニコマスというジャンルが、まさか2年も持つだなんて、あの頃に心底で信じていたPは、恐らく居なかったでしょう。 明日、バンナムがジェノサイドを行うかもしれず、JASRACが本気で牙を剥くかもしれず、 ニコニコがトラフイックの負荷や権利者訴訟で潰れるかもしれず、 何よりも、我々自身がニコマスというものに、飽きてしまうのかもしれないという不安は、常に頭にあったと考えられるのです。

このブームはもう明日には去ってしまうかもしれない、だから電車に乗り遅れないように騒いでやろう、 今日この時に一歩踏み出して馬鹿をやろう、自分の一手で僅かなりとも爪痕を残してやろう、 そういった、今この瞬間にこそ参加しようという、『生き急ぎ』の精神があったのではないかと思います」


佐倉葉ウェブ文化教室 アイマスMAD動画の黎明期」から再引用

正当な権利者(バンダイナムコ)に「ジェノサイド」(本来の意味は「大量虐殺」)とはあんまりと思うが、当事者の切迫感はそれくらいのものだったのかもしれない。

「ボカロP」という名称が「アイマスP」または「ニコマスP」からの流用だったことは連載9回で述べたが、この「プロデューサー」という呼び方も、アイマス開発陣が意識的に導入した言葉のようだ。この「P」に代表されるように、アイマスはネットでのいくつかの用語や概念の大元になったとみられる。アイマス(ニコマス)もまたさまざまな意味で、初音ミクやボーカロイド文化の源流の一つとして挙げられるかもしれない。

アイマス制作サイドの積極的黙認

ニコマスやニコマスP(そしておそらくはニコニコ動画自体)にとって幸運だったのは、アイマス制作サイドが本家のゲーム「THE IDOLM@STER」へのニコマスへの貢献を認めていた点と思われる。

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筆者

丹治吉順

丹治吉順(たんじよしのぶ) 朝日新聞記者

1987年入社。東京・西部本社学芸部、アエラ編集部、ASAHIパソコン編集部、be編集部などを経て、現在、オピニオン編集部・論座編集部。機能不全家庭(児童虐待)、ITを主に取材。「文化・暮らし・若者」と「技術」の関係に関心を持つ。現在追跡中の主な技術ジャンルは、AI、VR/AR、5Gなど。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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