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二人が描いた物語

 国際基督教大学(ICU)に在籍していた眞子さまと小室氏が、交際当初から結婚を想定していたことは本人たちが語っている。つまり彼らが「結婚を前提に」つきあい始めたこと自体に、交際の意味が隠されていたように私は感じる。二人は、お互いの思惑がパズルのピースのように一致することを敏感に察知したのではないか。

国際基督教大学の入学式に出席する秋篠宮家の長女眞子さま=2日午前、東京都三鷹市、代表撮影2010年4月2日拡大国際基督教大学の入学式に出席する眞子さま=2010年4月2日、代表撮影
 眞子さまが学習院大学を選ばなかったのは、間違いなくより自由な学生生活を体験したいと考えたからだろう。“眞子番”を務めた女性記者は、彼女が所属していたスキー部のホームページに、「紺のジャケットに水色のショートパンツ、ショッキングピンクのパンプスに白いソックスを合わせている眞子さまらしき方のお姿」を認めたと書いている(佐藤あさ子、『文春オンライン』2021/09/02)。

 この「“冒険”なさるおしゃれ」(同前)は、彼女が望んでいた自己イメージを如実に語っている。彼女は次第にキャンパスライフの「出口」に、皇族的なるものからの自由も求めていったのだろう。

 小室氏がICUに入学した事情は眞子さまとはやや違う。インターナショナルスクールからICUに進学した彼は、入学金や授業料を母親の婚約者の財布に頼らざるをえなかった。後に金銭トラブルの相手方になる男性である。

国際基督教大学時代の小室圭さん=同級生提供拡大国際基督教大学時代の小室圭さん=同級生提供
 小室家の困窮は、2002年、小室氏10歳のときに起きた父親の自殺から始まる。母子は当初のヴァイオリン奏者への夢を断念した。母親が元婚約者と出会うのはその3年後である。

 ICUに入学した18歳の青年はおそらく屈託を抱えていたのではないか。彼は長くない学園生活で何らかの「突破口」を探したいと思っていた……。

 出会った眞子さまと小室氏が思い描いたのは、こうした2つの「思惑」が精妙に組み合わされた物語だった。すなわち自由を求める姫君と成功を探す王子の物語。2013年12月、小室氏は彼女に求婚した。母親が婚約を解消した男性から、「借金」の返済を求められたのはその数カ月前のことだった。

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筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、<社会意識>の変容を考察している。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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