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初音ミク、歌声とビジュアルがつなげる力〜奇跡の3カ月(14)

何にでも結びつく音楽と、誰が描いてもわかる姿

丹治吉順 朝日新聞記者

初音ミク、解放区への道筋〜奇跡の3カ月(13)から続く

〈いきなり脱線〉「替え歌」のややこしさ

本題に入る前に、やや脱線する。前回のつけたしのようなお話だ。

連載第12回第13回で触れたように、初音ミクに限らず、ニコニコ動画やYouTubeなどの動画投稿サイトでは、著作権侵害とされる投稿がそもそも多かったうえ、2021年の今日でも(厳密にみれば)侵害の疑いのあるものが相当な数にのぼる。削除されていないので、権利者が黙認している可能性も高いが、権利者に正面から確認することもできない。

例えば、この時期に多く投稿された替え歌。

歌詞を改変するには、作詞家の許諾が必要になる。JASRACなどに信託されている曲を題材にして、正規の著作権使用料を払っていても関係ない。JASRACなどが管理している権利とは、法的な扱いが別だからだ。(正式には、著作者人格権の中の同一性保持権と呼ばれる。JASRACは著作者人格権を管理していない)

一方で、元の歌詞を改変するのではなく、内容的・形式的に全く新しい歌詞をつけるのは、この権利に抵触するとは必ずしもいえない。メロディしかない曲に新しい歌詞を創作してつけるのも同様だ。そうした解説は、例えば次のページにくわしい。

『森のくまさん』を追いかけろ -替え歌と著作権法の気になる関係

といったような理由で、これらの問題なく紹介できる替え歌の代表は、クラシックなど著作権が消滅している器楽曲に歌詞をつけたものになる。

2007年9月30日の投稿では次のような例がある。シューベルトの「軍隊行進曲」に、はちゃめちゃな歌詞をあてている。

代弁させていた初音ミクにちょっと本音で歌ってもらった

なお過去には、著作権が存続している歌謡曲の替え歌を正式に商業レコードとしてリリースし、大ヒットした例がある。これについては文末の〈メモ〉で改めて触れる。

余談だった。以下の段からが、今回の本題になる。

音楽が結びつける広大なジャンル

音楽は何にでも結びつく。

さまざまな文化ジャンルの中で、最も広大で多様なネットワークをつくる力を持つのが、おそらく音楽だ。

一見、何の関係もないように思えるお堅い資料から、それは歴然とわかる。

JASRACの定める音楽使用料規程を見てみよう。

第2章に挙げられている使用用途を読むと、音楽がいかにさまざまな場で多彩に使われているかを実感できる(リンク先PDF)。

JASRAC使用料規程

大まかな分野だけで16に及ぶうえ、第1節の「演奏等」ひとつ取っても幅広い種類の使用場面がある。たとえば…

・上演形式(ミュージカル、オペラなど演劇的な音楽作品の上演)
・演奏会(コンサートや音楽発表会など)
・催物(舞踊、アイススケートショー、ダンス、フィギュアスケート、ファッションショー、演劇、奇術、漫才、店頭での宣伝のための演奏、博覧会や遊園地での演奏、野球などスポート競技での演奏、ディナーショー、ダンスパーティーなど、演奏会以外の催し物での演奏)
・カラオケ
・ダンススクール
・フィットネスクラブ
・カルチャーセンター
・社交場(ライブハウス、キャバレー、ディスコ、旅館、レストランなど)
・ビデオ上映
・音楽教室

ちなみに「演奏」とあるのは、実演だけでなく、録音された音源(レコードやストリーミングなど)の再生も含む。

使用料の支払い義務はないが、たとえば自宅でくつろいだり本を読んだりしているときにBGMとして音楽を流す人は多いだろう。動画サイトを見ると「作業用BGM」などのタイトルの投稿もごく普通に見かける。これらも音楽の利用だ。

こんなことは他の文化ジャンルではあまりない。

勉強や仕事などの作業をしているときにテレビで映画やドラマをちゃんと見る人はめったにいないし(そのめったにいない例外を一人、筆者は知っているが)、料理をしながら小説をじっくり読む人もまずいない。せいぜい絵画類をインテリアとして壁に飾る程度のものだ。(その点で、ラジオやポッドキャスト、オーディオブックは例外的と言っていい。たぶんポイントは「音声」にある)

逆に、音楽を一切使わない映画やドラマ、演劇などは珍しい(皆無ではない)。ダンスはなおさらだ。音楽の流れない遊園地やテーマパークなども味気ないだろう。

これほどに、音楽はさまざまなものに自然にリンクし、ネットワークを作る。数ある文化ジャンルの中でも、音楽が持つ際立った特徴の一つだ。

音楽とビジュアルの両面を持つ初音ミクの特徴

初音ミクは、その音楽を中核にしていた。そして、活躍したのが動画サイトという視覚を伴うマルチメディア媒体だった。音楽と視覚的な表現が自然に結びつく。インターネット以前の時代であれば、それはテレビや映画などのごく限られたコンテンツ製作者の特権だった。それが動画サイトの登場によって、ごく当たり前の一般の人々に解放された。

初音ミク公式ビジュアル(KEIさん画)初音ミク公式ビジュアル(KEIさん画)
さらに初音ミクには、ブルーグリーンのツインテールというきわめて高い視覚的記号性があった。動画という視覚情報と連動するコンテンツの中で、これも決定的役割を果たしたと言っていい。

誰がどう描こうが、緑のツインテールならたいてい初音ミクに見えてしまう。どんなにデフォルメしようと、顔の造形が違おうと、衣装デザインが違おうと、あるいは頭身が違おうと、「緑のツインテール」という記号性さえ満たせば、かなりの確率で初音ミクに見える。ファンの間では、水道に無造作にかけた緑のホースが初音ミクに見えるという報告もあったくらいだ。

「初音ミク」に見えたらヤバイという「ホース」の写真があるらしい件

これほど長いツインテールの有名キャラクターは、他には「セーラームーン」などごく一部しかないため、シルエットだけでも初音ミクとわかる場合が多い。ミッキーマウスやドラえもんなどと並び、最も記号性の高いキャラクターデザインといっていいように思う。

広大なリンクを生む音楽というジャンル、そして記号性のきわめて高い外見。こうした特徴が、聴覚と視覚を結びつけ、その両面で、さまざまなものに初音ミクの存在をつなげ、認知させていった。

「イラストと音楽をつないだ初音ミク」

ryoさんの「ワールドイズマイン」やkzさんの「Last Night, Good Night」の動画・イラスト、livetune(kzさん)のアルバム「Re:Packaged」「Re:MIKUS」「Re:Dial」のジャケットイラストなどを手がけたイラストレーターredjuiceさんは、インタビューに対して次のように答えている。(虎硬さん著「ネット絵史 インターネットはイラストの何を変えた?」BNN、2019年10月刊)

──初音ミクやニコニコ動画などの盛り上がりを今振り返ってどう感じますか?


みんなクリエイティブなものを作りたいという思いはあったと思うんですよね。音楽家と絵描きを繋げるということで初音ミクというアイコンは画期的でした。そして、どこで集まってどう発表していいか分からないジレンマを抱えていたときにニコニコ動画という場ができて、そこにみんなが飛びついたのだと思います。曲作りも絵もみんなひとりで作業していた時に、そうしたアイコンと場ができて、コメントの機能も合わさってお祭り感が生まれたのではないでしょうか。
(「ネット絵史」58ページ)

虎硬さん著「ネット絵史」の表紙虎硬さん著「ネット絵史」の表紙
この「ネット絵史」は、パソコン通信時代から始まり、ブロードバンド・インターネットへの移行から、さらにSNSの時代に至るまでのイラストの変遷をまとめ、その間に重要な役割を果たしたクリエイターやウェブサイト主宰者への豊富なインタビューなど、ネットワークとイラストをめぐる通史となっている。初音ミクに関しても「イラストと音楽をつないだ初音ミク」「初音ミク×Google」と、二つの節を設けて、イラスト作者側から見た初音ミクの意味を詳述している。

初音ミクが登場した2007年は、イラストコミュニケーションサービスpixivが生まれた年でもあった。「ネット絵史」では、pixiv創設者・馬骨さんにもインタビューしている。初音ミクやボーカロイド関連で知られている人としては、とくPさんの「SPiCa」でイラストを担当したrefeiaさんまふまふさんの作品など、多数の楽曲に幅広くイラストを提供する寺田てらさんらもインタビューを受けている。

脅威のない解放区

もう一つの鍵はいうまでもなく著作権だ。前回触れた通り、初音ミクやボーカロイドのオリジナル曲のブームは、動画サイトでの著作権処理の障壁を格段に下げた。

初音ミク登場以前、一般の視聴者がなじんでいた音楽の大半は商業作品で、クラシック(古典)音楽などを除いて著作権が存続していた。クラシックでも、録音された音源には著作隣接権(いわゆる原盤権など)があるものが大半だった。

だが、初音ミクに始まるボーカロイドのオリジナル作品投稿が急激に増加したことにより、そうした一般商業音源を利用する場合とは権利処理の手順が全く異なるものになった。

ニコニコ動画で初音ミクやボーカロイドを使ったオリジナル楽曲を発表する投稿者の大半は、二次創作を大いに歓迎していた(連載第5回など参照)。これによって、二次創作作品を作る際の権利処理の手間が大幅に緩和された。従来の音楽使用の常識では考えられない自由な世界が広がった。先ほど挙げたJASRAC信託楽曲の使用料規程にある金額設定の尋常でない細かさと見比べると、その違いの大きさを実感できる。

著作権侵害(現在、最大で懲役10年という非常に重い刑事罰まで設けられている)の脅威のない二次創作の解放区。それが2007年9月に始まる初音ミク・ボーカロイド文化の隆盛を生んだ土壌だった。

著作権侵害の心配がほとんどなく、広大なネットワーク生成機能を持つ音楽ジャンルを核に持ち、さらに誰がどう描いてもたいてい初音ミクに見える外見の記号性の高さ。

これによって、初音ミクの作品と二次創作は発展し、広範囲の人々が認知した。その広がりは単なる音楽ファンだけの枠組みを越えていた。初音ミクが「ネットワークの申し子」とされる基本条件はこうした点にもある。

自由な創作を加速させたいくつもの出来事

こうした好条件を加速する起爆剤が、初音ミク登場から1カ月経たない9月の段階で、いくつも生まれた。それらの多くはすでに連載で触れている。

一つが「恋スルVOC@LOID」(連載第1回)に始まるユーザーによる初音ミクへの人格の付与と「歌姫」というコンセンサス(連載第2回)。これによって視聴者たちは、ソフトウェアが自我を持ち、それを確立していく成長物語を、自分たち自身が参加しながら作り上げていくという、ほとんど前代未聞の現象に立ち遭うことになった。

一方、「Ievan Polkka」(連載第4回)で登場した「はちゅねミク」というユーモラスな派生キャラと「ネギ」という冗談のような持ち物。初音ミクというキャラクターは、自分たちで育てる初々しい歌姫であると同時に、いくらでもいじり倒せる楽しいおもちゃ──親近感抜群の存在になった。

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