最新作『はじまりの樹の神話』東北公演への思い
2021年09月17日
日本最大の演劇集団である劇団四季。コロナ禍で大きな打撃を受けましたが、その中でも歩みを止めず、「生きていることの喜び」を伝えようと全国で活動をしています。最新作が東北公演に旅立つのを前に、劇団の代表である吉田智誉樹さんが、いまの思いをつづります。
この夏、劇団四季が創作したオリジナルミュージカルに、新たな仲間が加わりました。
ファミリーミュージカル『はじまりの樹の神話~こそあどの森の物語~』です。
生まれたての瑞々しいこの作品は、9月から全国ツアーに出発。9月18日(土)~10月8日(金)には、我々の10年越しの念願がかない、東北沿岸を中心とした地域で上演することとなりました。この場をお借りして、今回の東北公演に懸ける劇団四季の祈りをお伝えできればと思います。
「劇団四季」と聞くと、海外生まれの華やかな大作ミュージカルを思い浮かべる方も多いかもしれません。けれども我々の劇団は、1953年に10人の学生たちが立ち上げた、ストレートプレイを専らにする小さな集団でした。
フランス現代劇の上演から始まり、オリジナルの芝居や、1960年代後半からはミュージカルの創作にも大きな情熱を注いで68年。演劇を通じて「人生は素晴らしい、生きるに値する」という想いを届けることを願い、数多くの舞台を世に送り出してきました。
おかげさまで幅広い世代の多くのお客様にご観劇いただき、今では日本各地に七つの専用劇場を有することができるまでに成長。しかし、劇団の原点にある「演劇に対して挑戦者で在りつづける姿勢」は、今なお私たちの演劇活動の根幹で息づき、様々な困難に直面するたびに、劇団員の心を奮い立たせてくれています。
『はじまりの樹の神話~こそあどの森の物語~』
原作は、四半世紀以上読み継がれている児童文学「こそあどの森の物語」シリーズ(作・岡田淳)の第6巻。内気な少年スキッパーが大昔から来た少女ハシバミを助けたことをきっかけに、神話と現実が交差するファンタジー。2021年8月に東京・自由劇場で開幕。2022年春まで全国で公演する。
脚本・歌詞:南圭一朗
演出:山下純輝
作曲:兼松衆
音楽監督:清水恵介
振り付け:松島勇気
各地の公演日程やチケットはこちらへ。
10年前の2011年。日本を大きな困難が襲いました。
3月11日に起こった東日本大震災です。
劇団四季のレパートリー作品の中には、東北の美しい自然を舞台に、命の輝きを描くオリジナルミュージカル『ユタと不思議な仲間たち』があります。長年交流を重ねてきた地域・東北の被害を連日報道で目の当たりにして、言葉を失い、何もできないもどかしさを抱えていた私たちに、劇団創立者の浅利慶太はこう話しました。
『ユタ』を東北の子どもたちに届けたい――。東北の失われた美しさや豊かさを子どもたちの心に取り戻すためには、この作品を上演するのが一番ふさわしい。
そこから怒濤の日々が始まりました。
浅利の言葉に突き動かされ、直ちにスタッフたちが動き出します。各自治体、教育委員会のご尽力のもと、被災して使用できない劇場に代わり、避難所としての利用が解かれた学校の体育館をお借りできることに。体育館に合った新演出が練られ、舞台セットや小道具、衣裳の一部などの製作も急ピッチで進行。7月末からの約1カ月にわたって「東北特別招待公演」を実施することが叶い、沿岸部を中心に3県13都市を巡演。地元の小中学校の子どもたちや、ご家族をお招きすることができました。
キャスティングされた出演者の多くは、東北出身の俳優でした。
豊かな響きを持つ東北方言がふんだんに使われる『ユタ』の物語。体育館に置かれた円形の舞台セットを、観客が囲むように床に座って観る演出がなされ、俳優は観客と同じ目線で、まさに手を握らんばかりの距離で語りかけます。
震災で傷ついた心に寄り添うことを願い、上演を重ねる一方、来場された方々の笑顔の奥にある苦しみや悲しみの深さが痛いほど伝わってくる日々。地震と津波により様変わりしてしまった街並みを目の当たりにして無力感にさいなまれ、復興と再生への道のりがいかに大変なものであるかを痛感すると同時に、子どもたちの明るい笑い声に希望を見出した1カ月。終演後のお見送りで俳優たちは、お客様ひとりひとりの温かな手を握り、感謝の想いとともに、「また会いましょう」と声をかけ続けました。
幸いなことに、その翌年も実施することができた東北特別招待公演。ご覧になった方々からは、たくさんの心のこもった感想が届きました。丁寧な字で前向きな言葉が綴られたメッセージの数々は、いまでも劇団の「宝物」としてライブラリーに飾られています。
『ユタと不思議な仲間たち』は、東北の山村を舞台に、都会から転校してきた少年ユウタが、幼くして命を落とした「座敷わらし」たちとの出会いによって、生きる力を取り戻してゆく物語。浅利慶太演出で上演を重ねた。原作は三浦哲郎、作曲三木たかし。2021年10~11月、東京・浜松町の自由劇場で浅利演出事務所主催で再演される(再演版演出・野村玲子)。
今回の岩手県・釜石公演が行われるのは、「釜石市民ホール TETTO」です。その前身は、2011年秋に四季の公演を行う予定で果たせなかった「釜石市民文化会館」。震災当時、津波に襲われ、大きな被害を受けた会館です。現在は建て直され、新たな文化芸術の場として活動されているとうかがっています。再生された劇場で公演をさせていただけることは、本当に光栄なことだと感じています。
かつて『ユタ』巡演に出演した俳優の菊池正は、釜石市出身。今回の『はじまりの樹の神話』にも出演する予定です。
当時のことを振り返った菊池は、「真っ赤な目をしながらも笑顔で『元気が出たよ』とおっしゃってくださった方々の様子が、今でも心に深く刻まれている」と語っていました。再び思い出深い東北を巡演できることを、菊池はじめカンパニー一同、本当に楽しみにしています。
この10年で、劇団四季も大きな転換期を迎えることとなりました。
彼の掲げた理念は、今でも私たちにとって「羅針盤」で在り続けています。
浅利はじめ劇団の諸先輩方が繋いできた演劇活動の灯をさらに鮮やかに実りのあるものにするべく、近年、劇団四季が特に挑戦しているのは、オリジナル作品の創作です。
ミュージカルの『カモメに飛ぶことを教えた猫』(2019年)、『ロボット・イン・ザ・ガーデン』(2020年)、ショウ形式の『劇団四季 The Bridge ~歌の架け橋~』(2021年)――。劇団外の気鋭のクリエイターと劇団内のスタッフの力を結集させて、さまざまな試行錯誤の経験を重ねています。来年4月にはスタジオ地図・細田守監督のアニメーション映画をミュージカル化した『バケモノの子』をお届けする予定で、様々な準備が活発に進んでいるところです。
『はじまりの樹の神話』は、8月15日に初演を迎えたばかりの最新作で、過去と現在が交錯する壮大な世界観を持つファミリーミュージカル。自分だけの時間を過ごすのが好きな少年スキッパーの前に、しっぽが光る不思議なキツネが現れ、ひとりの少女を助けるように頼むところから、物語が思わぬ方向に広がっていきます。
個性的な登場人物たちの心の交流の中で描かれるのは、「人と人とのつながりの大切さ」「受け継がれる生命の尊さ」。普遍的なメッセージが込められたこの作品が、コロナ禍に直面する今の日本のお客様の心を、少しでも癒し、前を向く活力となることを願ってやみません。
この作品の創作が行われたのは、まさにコロナ禍の真っただなか。昨年以来、世界中を混乱と恐怖に突き落としている未曾有の新型コロナウイルス感染症に、劇団四季は今なお苦しめられています。現在は、「緊急事態舞台芸術ネットワーク」の定める感染予防対策ガイドラインにのっとり、できうる限りの衛生対策を尽くしたうえで、日々緊張感を持って公演を続けています。
浅利慶太は常に、「劇団は、社会的な存在でなければならない」「文化の一極集中は是正されるべきだ」と言っていました。
演劇が成立するためには、必ず劇場を満たす観客が必要です。だからこの芸術には、社会に寄り添い、そこに生きる方々の心の糧になることが宿命づけられている。そして、東京や大阪のような大都市に偏らず、日本全国の人々にあまねく演劇の感動を味わっていただけるように尽力すること。それこそが我々劇団四季の存在意義であると思います。
その意味では、『ユタと不思議な仲間たち』東北特別招待公演は、浅利の信念の一つの集大成だったと言えるのかもしれません。
それから10年が経った今、くしくも再び困難な時代に直面した私たちにできることは、いったい何なのか――。
それは本当に難しい問題です。社会状況に柔軟に真摯に対応しながら、コロナに負けないという決意を持って、演劇活動を続けていく。演劇の持つ力を信じて、一歩一歩、愚直に誠実に挑戦し続けていくしかないのだと思います。
今回の『はじまりの樹の神話』東北公演と、現地の皆様との再会は、きっと私たちの心に大きな喜びと、前を向く勇気をもたらしてくれることと思います。そこから明日を生きるエネルギーが生まれ、新たな舞台を生み出す推進力の一つとなり、やがて再び皆様のもとに楽しい演劇のひとときをお届けできたら、このうえない幸せです。
劇場で、多くの方々の笑顔と出会えることを、心から祈っています。
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