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【ヅカナビ】花組全国ツアー『哀しみのコルドバ』

「イケオジ」ロメロ氏のキャラ変に関する一考察

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 これまで何度も再演されてきた柴田侑宏の名作『哀しみのコルドバ』が、花組全国ツアーでも上演された。その味わい深い台詞の一言一言が寺田瀧雄の楽曲とともに心に染み入り、繊細で美しい舞台に魅了された。これはおそらく、名作を今の時代に即して深く咀嚼してみせたキャスト・スタッフの作り込みの賜物かと思う。

 柚香光演じる闘牛士エリオは登場シーンからまさに「グラン・エリオ」のたたずまい。端正で隙のない一挙一動に目が釘付けだ。やはりこの役は踊れる人がやるとその魅力がいっそう引き立つ。

 エバという役は大人の女性の部分と少女のような純粋さを併せ持っていないといけない難しい役だが、これまた、宙組でトップ娘役としてのキャリアを積んだ後にこのたび花組に組替えになったばかりの星風まどかにはハマり役だった。

 ところが今回のバージョン、結末の印象がこれまでの再演と少し違って感じられた。エリオの死によって未来が全て絶たれた感じではない。残された人々のその後が見えるのだ。そして、エリオを失ったエバも時を経て傷が癒えたとき、パトロンであったロメロ氏と幸せに生きていけるのではないかという気がしてしまったのだ。

 これは何故だろうと考えているとき、今回の再演で演出を担当した樫畑亜依子氏のたっての希望で追加された新場面があると知った(『歌劇』より)。それは、エバがエリオを追ってコルドバに発つ直前、ロメロ氏がエバに改めてプロポーズする場面である。「ロメロ夫人にならないかね。シルベストル夫人と呼ぶのにも飽きたのでね」と。

ロメロのキャラ変が意味するもの

 じつはこのロメロという役、1985年の星組初演(エリオ役は峰さを理)の頃は少し違ったイメージの役だったようだ。初演でこの役を演じたのは当時星組副組長だった新城まゆみである。魅力的な悪役に定評があり、『アルジェの男』のジャックも1983年再演ではこの方が演じている。

 初演時の『歌劇』座談会によると、ロメロに関して作・演出の柴田侑宏氏は「エバのパトロン」であり「財界の大物」としか述べていない。つまり初演のエバは、パトロンであるロメロ氏に半ば金で買われた愛人に過ぎない。そこには男女の対等な恋愛要素はなかったに違いない。今でいうなら、専科の一樹千尋や夏美ようあたりが演じそうな役であったのだろう。

 これが1995年花組の再演でまず大きく変わる。この公演はトップスター安寿ミラのさよなら公演だったが、当時花組の二番手スターであった真矢みきがロメロを演じたのだ。『歌劇』の座談会での柴田氏コメントからも役のイメージが様変わりしたことが見て取れる。「財界の大物」は「マドリードの少壮実業家」となり、年代も「三十代半ば過ぎというイメージ」と具体的に設定されている。さらに「恋人でありパトロン」と明確に述べられている。ここにきてロメロ氏は単なるパトロンから、エリオの恋敵としての顔も持つようになったのである。

 2009年の花組全国ツアー(エリオ役は真飛聖)でロメロを演じたのは大空祐飛だ。月組から組替えしてきて間もない大空が、まるで一皮向けたようで、この頃から急速に「大人の男」が似合う男役に脱皮していった印象がある。

 2015年の雪組全国ツアー(エリオ役は早霧せいな)では、演目が発表された瞬間から、ロメロ役は望海風斗以外あり得ないと誰もが予想できたし、その期待どおりエリオと真っ向から対峙する大人の男ぶりを見せた。

そして、今回の新場面追加である。ロメロ氏はもはやエリオの前に立ちはだかる対等な恋敵以外の何者でもない。「金のために事実上ロメロに身を売った哀れな女」というエバのイメージは影を潜め、「エバをめぐってエリオとロメロが争う物語」という色彩が強まった。ゆえに、エバはエリオを失った後、ロメロ氏と幸せになるのかも」という予感がしたのだと思う。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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