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『中国vs.世界』の著書・安田峰俊さんが語る中国取材の裏の裏

「東京五輪の最大の意義は、中国に生きたデータを提供したことです」

井上威朗 編集者

 お久しぶりです。プロ野球と著者をからめたインタビューをやってきたカープおじさんですが、コロナ禍においてやれることが尽きてまいりました……。

 私ごときでこれなら、海外取材ベースの書き手はもっと大変なはず。大宅壮一ノンフィクション賞に輝いた『八九六四──「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA)など、無数の中国人を相手に精力的な取材を重ねて傑作を書いてきた安田峰俊さんも、渡航できない現状ではさだめし苦労しているのではないか──。

『中国vs.世界──呑まれる国、抗う国』(PHP新書)安田峰俊『中国vs.世界──呑まれる国、抗う国』(PHP新書)
 そう思って安田さんの最新作『中国vs.世界──呑まれる国、抗う国』(PHP新書)を読むと驚かされます。新規の海外取材をせずに、10もの「マイナーな」国と中国との角逐を鮮やかに描き切っているのです。

 コロナ禍であろうが、中国取材の困難さは習近平体制以降「今さら」の話だ。こう語る安田さんは、「第三国を通じて中国を語る」という手法をコロナ前から準備しておくことで、記者として新境地を切り拓いてみせました。

 これは野球を後回しにしてでも、コロナ後の取材者のあり方を考える知見を安田さんから得なければ。そういうわけで、オンライン取材敢行です。

──阪神タイガースファンでもある安田さん、今年は楽しそうでいいですね。うらやましい!

安田 カープファンには申し訳ないけれど、タイガース、強いですね。だけど、最近は野球を追えていない生活だったので、実感がないんですよ。

──しかしコロナ禍では満足な取材活動ができず、忙しくならないのではないですか。

安田 いえ、『「低度」外国人材──移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)がすべての大手紙で書評されるなど好評だったこともあって、国内でのベトナム関係の取材とか、ばんばんやってますよ。

2021年春、ベトナム人の技能実習生取材中2021年春、ベトナム人の技能実習生を取材中の安田峰俊さん=本人提供

──たしかに、最近は在日ベトナム人にかかわる事件を追ったルポを発表されていますね。

安田 この間はベトナム人のウーバーイーツ配達員に密着していました。なぜ彼らはチャリで首都高速道路に入ってしまうのか、とか。

──……マジですか、それ。

安田 はい。私が話を聞いた同じ家に住んでる配達員4人組のうち、少なくとも3人は「首都高に入った」って言い切ってました。彼らは標識が読めない上に、Google Mapだけを頼りにチャリを漕いでるものだから、スイスイ首都高に登っていっちゃうんですよ。

──不謹慎ですが、面白い話です……。いいネタを仕込まれていますねえ。

安田 こんな感じで、あちこちに国内取材に行くことはできています。感染対策にはできるだけ注意を払っていますが。

潜入取材した「孔子学院」は「餃子の王将」!?

──『中国vs.世界』では、西側諸国の一部から中国政府の出先機関だと疑われている語学教育機関「孔子学院」に潜入する、という企画もありましたね。

安田 オンライン授業をやっている学校があったので、Zoom潜入取材となりました。私は上級コースを受講しましたが、半年間、週イチでかなりレベルの高い授業を受けられて、学費は4万円未満です。

──破格の安さですね!

安田 はい、中国国民の血税で、語学力をブラッシュアップさせていただきました。

──でも、ノンフィクション作家という素性がバレたら出入り禁止になってしまうのではないですか。

安田 取材のあと、次の期も別の孔子学院に上級コースの受講を申請しました。そうしたら受講者不足で無理です、と断られたのです。

──孔子学院、オンライン放校処分だ。

安田 これは素性をチェックされたんだなと思ったんですけど、実は今月になって「ごめん、実はあれ先生が足りなかったからなんだ」って連絡が来ました。

──ずいぶん適当ですね。

安田 おかげで今期も孔子学院でありがたく学ばせていただいています。昨日はトライアルで、さらに別の大学の孔子学院にも行きました。

中国が開いた「孔子学院」で中国語を学ぶ人々=2018年12月3日、ブダペストのエトべシュ・ロラーンド大学世界各地にある「孔子学院」=2018年、ハンガリー・ブダペストのエトべシュ・ロラーンド大学

──どうですか、スパイ的な話はありましたか。

安田 いえ、ノリが違っただけですね。出入り禁止にもなりませんでした。『中国vs.世界』でも書きましたが、私は「孔子学院イコール餃子の王将」説をとなえるようになったのですよ。

──店舗ごとにメニューも経営方針も違う、と。

安田 1店舗ぐらい、すごい意識が高い王将、世界と勝負する王将があってもおかしくないじゃないですか。同じように、世界と戦う孔子学院があるかもしれませんね。

──著者として『中国vs.世界』で印象的だった取材はどのようなものでしたか。

安田 コラムとして入れた対談(ウスビ・サコ氏、マライ・メントライン氏)は2本とも気に入っています。やっぱり生で喋るほうが楽しいですよね。そこを除くと、ダントツで好きなのが、セントビンセント及びグレナディーン諸島と中国の関係。日本人でこれを真面目に論じた人は1人もいなかったですから。

──セントビンセント及びグレナディーン諸島。これは国家の正式名称なのですね。

安田 カリブ海に浮かぶ人口11万の島国です。日本とはいちおう国交があるのですが、大使がいるのは200キロ離れたトリニダード・トバゴの大使館。この大使、カリブ海の近隣9カ国の大使を全部兼務しておられるみたいなんですよ。

──日本も適当に相手している感じですね。

安田 まあ、国家とはいえ人口が鳥取市(約19万人)よりも少ないミニ国家が何カ国も含まれていますし……。逆に、セントビンセントのほうも日本に対して適当です。極東の大使館をすべて、「台北に置いている大使館」という超レアな施設に集約させています。

──日本の情報も台湾経由でやってくるのですね。

安田 この国にとっての東アジアは、台湾なんですよ。面白すぎるじゃないですか。

──『中国vs.世界』では、セントビンセントと台湾の熱い結びつきが描かれ、一方で中国の圧力により次々と台湾と断交していく諸国の事情が報告されています。台湾の首脳が国交のある国を訪問し、友好をアピールして帰ってきたらその2週間後に断交が発表される、っていうのがテンプレみたいになっていて恐怖しました。

安田 わりとある話ですね。いきなり裏切るとか、巨額のカネを要求してくるとか。

──で、それはちょっと……とやると断交されてしまう。

安田 そしてその国は中国と国交を樹立して、投資を得るわけです。しかし、台湾は台湾でしたたかなもので、コソヴォとかソマリランドとか、絶妙にネタになる国(「国」なのかも議論がありますが)に接近していたりする。ぜひ取材に行きたいところですが……。

──やっぱり現地取材、したいですよね。

安田 そりゃ、すごく現地取材したいですよ。セントビンセントみたいな国って絶対にガードが緩いでしょうから、普通に現地の台湾の大使館に行ってピンポン押したら話してもらえる気がするんですよね。そういう緩いところから国際情勢に食い込んでみたいなって。

中国が東京五輪を褒めた理由とは

──では、次の海外取材は、どちらへ?

安田 オリンピック嫌いなんですが、2022年の北京冬季五輪の取材はちょっと行ってみたいですね。五輪取材用のビザで入国したら拘束されることはないでしょうから(笑)

──でも2週間の隔離はありますよね。

安田 私自身は同時に複数のことをするのが苦手なので、本だけ書いてりゃいいとか、本だけ読んでりゃいいとかだったら、2週間くらいやれる気がするんですよね。

──Wi-Fiは必須ですね。

安田 でも、当局は通信内容をチェックするだろうし、盗撮してもおかしくない。そうなると、2週間一度もエッチな動画を見ないで過ごさないといけないのが……。

──逆に盗撮される快楽に目覚めてみてはいかがでしょう。

安田 いやあ、あとになって動画の閲覧履歴から中国の国家安全部が学習した、私の性癖にぶっ刺さるハニートラップとか仕掛けられたら困るじゃないですか。いや、それなら仕掛けられてもいいですけど。

──どんな動画を見るつもりなんですか……。というのはともかく、いろいろ困難が予想されるのに北京五輪は大丈夫なのでしょうか。

安田 断言します。絶対に開催されますよ。

──力強いですね。どうしてでしょうか。

安田 まず、中国は相対的に見ればコロナ封じ込めに成功しています。かなり。

2022年の北京冬季五輪・パラリンピックに向け建設が進む選手村=2020年11月27日、北京2022年の北京冬季五輪・パラリンピックに向け建設が進む選手村=2020年11月、北京

──これから新たな変異株も蔓延するでしょうに、封じ込めは有効なままなのですか。

安田 1人陽性者が出ただけで、地域単位でPCR検査実施に封鎖とか、やってますよ。それに、中国ではコロナ陰性を証明する「健康コード」と個人情報を紐付けしてオンライン申請しないと、何もできません。中国国民は「健康コード」アプリで黄信号が出る、つまり濃厚接触者をすこしでも疑われると、もうどこにも行けなくなる。逆に家がある地域が封鎖されることもある。会社に行っただけなのに何日間も家に帰れなくなっちゃうとか、わりと聞くので。そうなってくると、危ないことは誰もしなくなる。

──マスク外してうぇーい、みたいな中国人はいないんですか。

安田 それはそれでいるみたい……というか、習近平さんほか党の最高幹部はノーマスクOKだったりもしますが。それも感染封じ込めの自信のあらわれなんでしょう。

──封じ込めと監視社会化が本当に徹底しているのですね。ほかに五輪を開催するだろう、と考える根拠はありますか。

安田 中国のメディアが、めっちゃ東京五輪開催に賛成していたんですよ。それに、あのグダグダ開会式とかですら、無理筋な論理で褒めてるんですよね。コロナ禍で五輪をやることによって、どういう弊害が出るかとか、実際に人を動かしてみたらどこがトラブるかとか、どこで感染しやすくなるかとか、東京五輪をやってもらえたことで、大量のデータを取れたのだと思いますよ。

──我々、実験台だったんだ……。

東京五輪の閉会式が終わり、消えた聖火台の向こうに「ARIGATO」の文字が表示された。「ありがとう」を言いたいのは中国?=2021年8月8日東京五輪の閉会式が終わり、消えた聖火台の向こうに「ARIGATO」の文字が表示された。「ありがとう」を言いたいのは中国?=2021年8月8日

安田 東京五輪が開催されたことの最大の意義は、中国が北京五輪を完璧に実施して国威発揚に成功するための壮大な「プレ大会」を開いてあげた点にあったわけですよ。真っ先に地雷原に突撃して、生きた実験台データを中国に提供してあげたんですから……。日本国民の税金を数兆円突っ込んで。

──だからといって褒めることないじゃないですか。参考にしといて、ぜんぜんダメじゃん、と突っ込んではいけないんですか。

安田 もしも北京五輪で同じ問題が起きたら恥をかくから、褒めておくほうが安全なんですかね。五輪は大規模イベントすぎるので、どれだけ頑張っても、かならずなんらかの穴は出ますし。

──北京五輪が100%成功するかわからないから、とりあえず褒めとけばいいわけだ。じゃあ中国メディアでは、もう五輪というものについては前向きな意見ばかりが出ている、ということですね。

安田 はい、前向きですね。そういうわけで北京五輪、行ってみたい気がしています。2週間隔離のあとなら、町を歩いてもいいかもしれませんし。

「○○と中国」というテーマがいいなと

──では北京五輪に向かいつつある安田さん、この先はどんなお仕事を予定されていますか。

安田 まず、星海社新書でWebに対応した文章術の本を出す予定です。ほかに現代中国の少数民族や、中国入門的な書籍、ベトナム人犯罪ルポ……と、執筆さえできれば本を出す用事はたくさんあります。

──ガチのノンフィクションはどうですか。

安田 「○○と中国」というテーマがいいなと思っています。先週も取材に行っていたのですが、○○はあれだけ中国との関係が話題になるのに、いざ書店で見てみると中国との関係を語った本がほとんどないんですよ。

──なるほど、現地の報道や研究で欠落している視点かもしれない。

Maxx-StudioshutterstockMaxx-Studio/Shutterstock.com

安田 ○○と●●が対立している構図にも興味があります。●●や▲▲の人たちは×××の惨禍をほとんど経験していないし、■■問題にも直面していない。一方で、◇◇を中心とした●●たちの▽▽▽は□□に◆◆◆なんです。それってすなわち◎◎◎◎……!

──いや、興味深い話ですが伏せ字が多くてわかりません。

安田 すいません。最近、テレビがわりと私の企画をパクるんですよ。どうやら在日中国人のプロデューサーがいる制作会社がよくパクっている。個人のノンフィクションと、主要局の名刺を出せる企業の仕事では制作費も社会的な信頼性も段違いですから、やられるとどうしようもない。まあ、ノンフィクションの命はテーマの企画力とはいえ、企画だけパクって別の人に取材する行為は「法的には」問題ないんですが。

──おお……。仁義ないなあ。

安田 日本の報道関係者なら「法に触れなくても道義的にダメだな」と考えるところを、「法に触れないからやってもいいよね」となるのが中国的な発想。もっとも、これ自体は文化の差異なので全然否定しません。ただ、彼女らが日本の社会で仕事をするのに中国ルールを持ち込んで利得を得るなら、逆に私が中国ルールで自衛策を講じても文句ないよね? とは思います。

──どういうことですか?

安田 一昔前の中国だと、調子に乗ったやつがレストランを開いていたら、ライバル店の同業者は公安やら水道局やら消防署やらにその店を片っ端から通報しまくって、店を潰しにかかったわけですよ。中国ルールの世界はこわい。いつか記事にするかな。ウフフ。

──中国での取材活動が制約されるようになっても、まだまだ面白い企画ができそうですね。頼もしいです!

安田 楽しみにしていてください。ワクチンを打ち終わったら、続きは球場で話しましょう。

──タイガースの胴上げはあまり見たくないですが、ぜひ!