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初音ミク、はるかなるN次創作の系譜〜奇跡の3カ月(15)

シンデレラや源氏物語伝承からつながるもの

丹治吉順 朝日新聞記者

初音ミク、歌声とビジュアルがつなげる力〜奇跡の3カ月(14)から続く

来る者を拒まない初音ミク

初音ミクは今でも来る者を拒まないが、そういった性格づけもまた初期3カ月半に確定した面がある。

ひとことで言えば「何でもあり」だった。音楽と映像という強力なネットワーク生成力を持つ二つのジャンルで強みを持つ初音ミクは、実際、さまざまなものに結びついた。

ただ無秩序なだけだったら、方向性は散り散りになって、消滅していった可能性もある。一見「何でもあり」の中に、求心力のある「核」がいくつか生まれた。それらの核を中心に、ユーザーたちがアイデアや個性、作品の質など、個々にできるさまざまな手段や方法で競う動画作品は、音楽・音声に映像を合わせた遊びの総合展示会のような様相を示し始める。

初音ミクに関わるクリエイターが音楽分野だけだったら、「序」や第11回に書いたような大きな文化現象には成長しなかっただろう。イラストレーター、アニメーター、CG制作者、ソフトウェア技術者(プログラマーやゲーム制作者ほか)、ハードウェア技術者、手芸・工芸……どんな人にでも門戸は開かれていた。自分が参加できる方法で参加できた。ニコニコ動画のコメント、タグ、「市場」、至るところに参加の入り口があった。

参加する敷居の低さと間口の広さ、それによるファン層の増大。そのファンが自分にできることを使って新たな参加者となっていくことで、初音ミクを核とするネットワークは自己増殖を繰り返し、成長していった。当初ほとんどたわむれのようだったその遊びは、ネットワークの拡大に伴って印象的な作品を次々生み出し、やがて文化の輪郭を整え始めた。

今回と次回は、その移行初期とも言える時期の動きの核になった例のごく一部を挙げていく。

強調しておきたいのは、以下に挙げていく二次創作系作品の大半が、基になった楽曲へのリンクを張っており、さらに「初音ミク」「VOCALOID」「はちゅねミク」「みくみくにしてあげる♪」などのタグがつけられていることだ。こうした仕組みとユーザー文化が、人と作品が次々織りなすネットワークを決定的に支えることになる。

発売10日後に投稿された3D CG三面図

発売からわずか10日後の9月10日には、3D CGを作る際のベースになる三面図のメイキング動画が投稿されている。初音ミクの公式ビジュアルに触発されたものだろう。

初音ミク 三面図描いてみた

「VOCALOID 3D化計画」というタグを「投稿が古い順」に並べ直してみると、この投稿を皮切りに、3D化を試みる投稿が相次いでいることがわかる。

VOCALOID3D化計画

9月15日には、実際に3Dモデルを制作するシリーズ動画も始まった。

初音ミク3D その1  3Dミクができるまで

投稿主のGibsonさんは10月9日から「中学生にも理解できること」を目標にした3D CG講座の動画も投稿している。

最初の核になった「はちゅねミク」

この先、まず「核」になっていくのが「Ievan Polkka」と「はちゅねミク」だった。実際、はちゅねミクの3D化はとても早かった上、インパクトも原曲同様に強烈だった。次の動画は9月20日投稿だ。

初音ミクを3D回転させてみた

この時期に前後して、初音ミクの3D CGモデルのかなりの数が3D CG専門の掲示板「七葉」に紹介されていたらしい(伝聞の形にするのは、筆者が直接確認していないため)。

3D CGの制作に覚えのある人は、これらのモデルをもとに、例えばこんな動画を作った。9月25日投稿で、累計81万再生という数字が不思議でない衝撃度がある。

はちゅねミクをふやしてみた。

この「はちゅねミクを増やしてみた。」は、「七葉」で紹介されていた「はちゅねミク」の3D CGモデルを、「Ievan Polkka」の歌に合わせて増殖させていったのだろう。1分40秒ごろからパソコンの処理能力が追いつかなくなり、コマ落ちを起こし始める(としか見えない)。

パソコンではなく、任天堂の携帯ゲーム機ニンテンドーDSでネギ振りを操作できるようにした人もいる。この技術を何か別のことに役立てようというわけではなく、ただネギを振ることそれ自体が目的化している(としか思えない)。

はちゅねミクをDSで動かしてみた[プロトタイプ](10月6日投稿)

はちゅねミクをDSで動かしてみたの続き[依然プロトタイプ](10月22日投稿)

ニコニコ動画で10万再生以上された動画を「殿堂入り」とよぶが、その中に「VOCALOID殿堂入り(業者枠)」という謎の枠もある。次の動画がそれだ(10月28日投稿)。いわゆる「痛車」の初音ミク版を、工場の印刷機ほかのプロ用機材で実現した。自営の工場を持つ人と思われる。

作ってみた

ヒートアップを促した「みくみくにしてあげる♪」

CGやイラストではなく、立体造形物を作ることに血道をあげる人も現れた。下記の動画は同一投稿者によるそうしたシリーズの10番目で、ネギを2本振る「二刀流」となっている(11月18日投稿)。これも、この目的以外の何の役に立つのか皆目見当がつかない。

初音ミク 実体化への道10 二刀流

上記の動画では、音楽に「Ievan Polkka」ではなく「みくみくにしてあげる♪」が使われている。原曲もお祭り騒ぎを起こしたが、それがそのままさまざまな二次創作に波及した。

前述のGibsonさんは9月22日、つまり「みくみくにしてあげる♪」の投稿の2日後に早くも3D CGのアニメを投稿している。

みくみくにしてあげる♪ (初音ミク3D その5)

これを追いかけるように、9月25日には次の動画も投稿された。

3D初音ミク みくみくにしてあげる♪PV風

このように、9月下旬ごろから「みくみくにしてあげる♪」の派生作品がラッシュのように出現してくる。原曲作者の鶴田加茂さんは、こうした二次創作を心から楽しんでいたようで、「自分があの二次創作の輪に加われないのが残念なくらいでした」と筆者の取材に答えている。

10月24日投稿の次の動画は、まったり見ていると途中(1分過ぎごろ)から意表を突かれる動きがある。こういう「一瞬芸」のようなネタも、この当時の人気だった。

ちび初音ミクで百烈拳してみた

当時のアマチュア制作としては注目のレベル

いずれも、2021年現在の高度に洗練されたCGを見慣れた目に物足りなく映るのは仕方がない。最近十数年間のコンピューターのハード・ソフト両面の性能向上は劇的で、さらに2010年代前半から爆発的な発展を遂げた機械学習をベースにした新世代AIの登場が加わり、2000年代まではまず考えられなかった高品質の映像が一般ユーザーでもかなり手軽に作れるようになった。

「3D初音ミク みくみくにしてあげる♪PV風」の累計53万再生という視聴数が示す通り、2007年時点ではこうした動画が相当に注目された。多くの視聴者にとって、趣味で自作した3D CGキャラクターが音楽に合わせて踊ることが、それくらい驚かれるような時代だった。(ちなみに第13回で触れた「ニコマス」は、商業用に開発されたゲームのCGをコピー・編集したもので、一般ユーザー向けのパソコンで制作するよりも、映像のクオリティははるかに高かった。だからこそ人気を集めた面もあるだろう)

アニメ調作品も次々登場

3D CGではないアニメ調では、9月30日に投稿された「【アニメPV】初音ミク【ひっぱたいてやんよ☆】」も「みくみくにしてあげる♪」を用いている。

作者の砂吹さんは2009年に「【初音ミク】ぽっぴっぽーPV【飲もう!】」で大きな注目を浴びる。(なお、ラマーズPさんの原曲「ぽっぴっぽー」はアメリカ人に特に人気が高く、2011年のロサンゼルス公演で演奏されたときは場内大喝采だった)

【アニメPV】初音ミク【ひっぱたいてやんよ☆】

原曲をバンドアレンジ→さらにアニメ化の流れも

音楽分野では、原曲をアレンジし、それがさらにアニメになるという多段階の流れも生み始めた。10月16日に「みくみくにしてあげるをアニソン風バンドアレンジにしてみた【修正版】」が投稿される。「修正版」とあるように、それ以前に投稿したものがあるはずだが、現在は視聴できなくなっている。

みくみくにしてあげるをアニソン風バンドアレンジにしてみた【修正版】

これを基にして、フラッシュアニメ化したものが11月2日に投稿された。

Flashでみくみくにしてあげる♪

このアニソン風バンドアレンジの「修正版」は52秒と未完成で、フルバージョンが12月3日に投稿される。サムネイルからわかるとおり、公式ビジュアルを用いた前バージョンからイラストが一新されている。このように、イラストを描く人たちも続々と初音ミクのイラスト化に参入してきた(この回の末尾参照)。

みくみくにしてあげるをアニソン風バンドアレンジにしてみた【FULL ver】

この「フルバージョン」は、オフボーカル版(ボーカル部分を除いた、いわゆるカラオケ的な音源)も配布していた。2008年の3月、このオフボーカル版もまた新しいアニメの基になった。とどまるところを知らない流れになっている。

お前ら全員みっくみくにしてやるよ

「N次創作」という普遍的現象〜かつての文化伝承から

このように、ある楽曲を基にした二次創作が生まれ、その二次創作から三次創作が生まれ、さらにその三次創作が別の作品を生むという連鎖反応は、2007年時点ですでに盛んになっていた。初音ミクに限らず、ニコニコ動画全体でしばしば見られた現象だ。評論家・濱野智史さんがこれを「N次創作」と呼んだことは、もはや完全に定着している。

作品それ自体がデータベースであり、ネットワークであり、コミュニケーションでもあるような

筆者の持論(未検証の仮説)を述べると、この「N次創作」はインターネット時代に初めて現れたものではなく、歴史的にみればむしろ普遍的な文化現象とみていいように思う。

次々と変化した民話や昔話

民話や伝説・昔話などは、たいてい口頭で言い伝えられた。民衆の間に伝わっていく段階で他の物語や伝承と混ざり合い、さらには伝える人自身の独自創作なども加わっていった。

よく知られている例は「シンデレラ」で、20世紀半ばごろまでに確認されただけでも世界中で700〜800の類話がある。特に有名なのは、後にディズニー映画の原作になったシャルル・ペローの作品で、ガラスの靴が登場する(正式な題は「サンドリヨン、あるいは小さなガラスの靴」)。グリム兄弟版の類話「灰かぶり」では、これが金の靴になっている。また、主人公のシンデレラ役が男性という類話もある(アファナーシエフ「ネズナイコ」、グリム兄弟「鉄のハンス」ほか)。

日本でも、各地で類話が報告されている。主に「糠福、米福(ぬかふく、こめふく)」などの名で伝えられてきた例では、ガラスの靴に相当する役割を和歌が果たしている。(シンデレラ伝承に関する文献は文末のメモ参照)

口頭伝承の場合、伝える人の記憶が頼りなため、変化する方が自然といえる。その原典の大半は伝承の途中で失われ、たまたま記録に残っている例外的な一部を除いて、たどるすべもない。

注意しておきたいのは、他の伝承などと混ざり合うとき、それは自然に起きる現象ではなく、伝える人が主体的・能動的にそうしたという点だ。ガラスの靴または金の靴を和歌に変えたのは、今では名前も知られていない大昔の日本の誰かだ。自然現象的に変わったわけではない。人は物語を伝えるとき、伝える内容に自分の解釈や思いを能動的に加えていった。つまり、N次創作していた。記憶に基づく伝達は、そう捉えるのが自然だ。

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