丹治吉順(たんじよしのぶ) 朝日新聞記者
1987年入社。東京・西部本社学芸部、アエラ編集部、ASAHIパソコン編集部、be編集部などを経て、現在、オピニオン編集部・論座編集部。機能不全家庭(児童虐待)、ITを主に取材。「文化・暮らし・若者」と「技術」の関係に関心を持つ。現在追跡中の主な技術ジャンルは、AI、VR/AR、5Gなど。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
シンデレラや源氏物語伝承からつながるもの
このように、ある楽曲を基にした二次創作が生まれ、その二次創作から三次創作が生まれ、さらにその三次創作が別の作品を生むという連鎖反応は、2007年時点ですでに盛んになっていた。初音ミクに限らず、ニコニコ動画全体でしばしば見られた現象だ。評論家・濱野智史さんがこれを「N次創作」と呼んだことは、もはや完全に定着している。
作品それ自体がデータベースであり、ネットワークであり、コミュニケーションでもあるような
筆者の持論(未検証の仮説)を述べると、この「N次創作」はインターネット時代に初めて現れたものではなく、歴史的にみればむしろ普遍的な文化現象とみていいように思う。
民話や伝説・昔話などは、たいてい口頭で言い伝えられた。民衆の間に伝わっていく段階で他の物語や伝承と混ざり合い、さらには伝える人自身の独自創作なども加わっていった。
よく知られている例は「シンデレラ」で、20世紀半ばごろまでに確認されただけでも世界中で700〜800の類話がある。特に有名なのは、後にディズニー映画の原作になったシャルル・ペローの作品で、ガラスの靴が登場する(正式な題は「サンドリヨン、あるいは小さなガラスの靴」)。グリム兄弟版の類話「灰かぶり」では、これが金の靴になっている。また、主人公のシンデレラ役が男性という類話もある(アファナーシエフ「ネズナイコ」、グリム兄弟「鉄のハンス」ほか)。
日本でも、各地で類話が報告されている。主に「糠福、米福(ぬかふく、こめふく)」などの名で伝えられてきた例では、ガラスの靴に相当する役割を和歌が果たしている。(シンデレラ伝承に関する文献は文末のメモ参照)
口頭伝承の場合、伝える人の記憶が頼りなため、変化する方が自然といえる。その原典の大半は伝承の途中で失われ、たまたま記録に残っている例外的な一部を除いて、たどるすべもない。
注意しておきたいのは、他の伝承などと混ざり合うとき、それは自然に起きる現象ではなく、伝える人が主体的・能動的にそうしたという点だ。ガラスの靴または金の靴を和歌に変えたのは、今では名前も知られていない大昔の日本の誰かだ。自然現象的に変わったわけではない。人は物語を伝えるとき、伝える内容に自分の解釈や思いを能動的に加えていった。つまり、N次創作していた。記憶に基づく伝達は、そう捉えるのが自然だ。
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