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『カラミティ』レミ・シャイエ監督に聞く

容姿より勇気と行動力で美しい少女を描き出す

叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師

 『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』(2015年)のレミ・シャイエ監督の新作長編『カラミティ』(2020年)が9月23日より全国順次公開中だ。

 西部開拓時代のアメリカで活躍した自由奔放な女性ガンマン「カラミティ・ジェーン」。「カラミティ」とは疫病神を示す渾名(あだな)だ。彼女の本名は「マーサ・ジェーン・キャナリー」。本作は知られざるマーサの少女時代の冒険と成長を生き生きと描いた2D長編アニメーションである。

© 2020 Maybe Movies ,Nørlum ,2 Minutes ,France 3 Cinémaレミ・シャイエ監督『カラミティ』

 父親に従順な長女の役割を踏み越えて一家を支えるべく奮闘するマーサは、格差の矛盾に怒りや苛立ちを隠さない。スカートを脱いでジーンズにはきかえ、自分の信ずる道を突き進む彼女の姿は感動的だ。そして、前作を上回る豊かな色彩の背景と輪郭線のないキャラクターたちの躍動する画面はどのシーンも絵画のように美しく、新しい。

 繊細なキャラクター設定や実在の人物の少女時代を創作した意図、美術の色使いに至るまでレミ・シャイエ監督に伺った。

『カラミティ』(2020年/フランス・デンマーク)
原題/Calamity,une enfance de Martha Jane Cannary
監督/レミ・シャイエ 脚本/レミ・シャイエ、サンドラ・トセロ、ファブリス・ドゥ・コスティル 作画監督/リアン=チョー・ハン 色彩監督/パトリス・スオウ 音楽/フロレンシア・ディ・コンシリオ
82分/公式サイト/© 2020 Maybe Movies,Nørlum,2 Minutes,France 3 Cinéma
レミ・シャイエ
リスキットレミ・シャイエ監督=提供・リスキット
1968年生まれ。芸術学校でデッサンを学んだ後、多数のアニメーション作品の絵コンテ、レイアウトなどを担当。2005年、短編作品『Eaux fortes』を監督。2009年、カートゥーン・サルーン製作、トム・ムーア、ノラ・トゥーミー監督の『ブレンダンとケルズの秘密』の助監督・レイアウト・絵コンテを担当。2011年、ジャン=フランソワ・ラギオニ監督『絵の中の小さな人々』の助監督を担当。2015年に長編初監督作品『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』が完成。2015年アヌシー国際アニメーション映画祭長編部門観客賞、2016年東京アニメアワードフェスティバル(TAAF)長編部門グランプリを受賞。2020年、長編第2作『カラミティ』で2020年アヌシー国際アニメーション映画祭長編部門クリスタル賞(グランプリ)、冨川(プチョン)国際アニメーション映画祭審査員賞・音楽賞を受賞。

理由もなく暴力をふるう人物は描かない

──まず、主人公マーサ・ジェーンのキャラクター・デザインについて伺います。「カラミティ・ジェーン」の一般的なイメージは、金髪・碧眼の美少女ガンマンというものだと思います。それは映画『カラミティ・ジェーン』(1953年)でドリス・デイが演じた頃から変わっていないように思います。しかし、本作のジェーンの髪や瞳は茶色で、眉が太く鼻も大きい。これらは、実在のジェーンを意識されたデザインだったのでしょうか。

シャイエ そうです。残された写真などを見る限り、彼女の瞳や髪はたぶん茶色だったと思います。映画『カラミティ・ジェーン』は私も好きなのですが、ドリス・デイの容姿は実際の彼女からは外れているでしょう。私たちのデザインの方が本当のジェーンに近いと思います。彼女の発言や記録を精査して、なるべく後の彼女の性格や特徴を忠実に再現しようとしました。

2020年11月19日リモート取材の際のレミ・シャイエ監督 撮影リモート取材の際のレミ・シャイエ監督= 2020年11月19日、撮影・筆者
──本作のテーマとも密接に関わるデザインだったということですね。実在のカラミティに対する深い敬意を感じます。

シャイエ アニメーション映画のヒロインのデザインでは、可愛らしさや美しさを強調されがちです。鼻は高くて眉も細く眼が大きいとか。出資者にもそれを求められます。しかし、眉が太くて鼻が大きくても、勇気があって活発で美しい少女は描けると思うのです。

 私たちが描くヒロインは、特別な力をもっているわけではありません。特殊な技術で銃を簡単に扱えるとか、生まれつき人の上に立つ能力があるとか、そういう人ではなく本当に普通の少女なのです。彼女は厳格に仕切られた男女の役割分担の壁に突き当たります。しかし、彼女には勇気があります。思いついたことをとことんやり遂げる行動力を発揮してその壁を越えていく。その過程で様々な試練を乗り越えることによって、次第に力をつけていく。そういう成長していく人物像を描きたかったのです。

──前作『ロング・ウェイ・ノース』にも共通することですが、主人公を苦しめる意地悪な大人たち、または退治すべき悪人といった安易な勧善懲悪の設定がされていない点も素晴らしいと思いました。それぞれの人物に自身のプライドや都合、そして守るべき暮らしがあるという描き方がされていますね。

シャイエ それは、私たちが人物像を作る時に最も大切にしているところです。サンドラ・トセロとファブリス・ドゥ・コスティルと一緒にシナリオを書きましたが、私たちは理由もなく暴力をふるう人物は描かないことに決めていました。エイブラハム(幌馬車隊の隊長)や他の人々が彼女に対してつらく当たるとしても、それには相応の理由があるということを常に心がけました。彼らは大自然の危険と隣り合わせに暮らしており、些細なミスで死に至ることもあるのですから。それぞれの人物に光と影があり、そういう状態になるには正当な理由があると。子供たちに見せるという前提もありますし、大人が見ても自分たちに重ねて納得できる複雑な人物にしたいと思ったのです。

© 2020 Maybe Movies ,Nørlum ,2 Minutes ,France 3 Cinéma

──動物の描き方も秀逸でした。人物はシンプルな線描と色面で様式化されていますが、馬・牛・ピューマ・犬といった動物たちは造形もリアルで動きも誇張がなく、生々しく感じました。『ロング・ウェイ・ノース』でも犬のシャックルが主人公のサーシャを慰め助けていましたが、本作でも犬のピックが活躍しますね。

シャイエ 『ロング・ウェイ・ノース』の上映中に各地の映画館を巡りました。その時に子供たちに感想を聞いて回ったのです。4歳から6歳くらいの子供たちには物語は少し難しかった様子でしたが、それでも犬のシャックルのことはよく覚えていてくれました。『カラミティ』の脚本を書くにあたって、幼い子供たちにも観て欲しいという思いがあり、あちこちにピックが出てくる構成にしました。ピックを追っていくことで物語も分かりやすくなると考えました。

 もう一つ、子供たちの関心をひくシーンが日常生活でした。

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