ニコニコ動画のタグが生むリンク構造
2021年10月02日
初音ミク、はるかなるN次創作の系譜〜奇跡の3カ月(15)から続く
引き続き、「Ievan Polkka」(=ネギ)、「みくみくにしてあげる♪」が推進した初音ミクのN次創作を取り上げる。発売からまもない2007年9月という早さで、初音ミクを巡るさまざまな創作現象が爆発したのは、この二つの要素がとりわけ大きかった。
「みくみくにしてあげる♪」の音楽面でのアレンジは、9月25日にすでに本格的なものが現れていた。音程が原曲とずれているのは「歌い崩し」的なものだろう。人間の歌手がこれをするとその歌手の味として自然に受け入れられるが、ボーカロイドではまだ不自然に聞こえる(のだと筆者は解釈している)。
アニメ化もさまざまな試みがあった。パソコンの上に載るような小さなサイズの初音ミクが登場する「初音ミク3D、発進!!v1.1」が10月24日に投稿されている。パソコンソフト・初音ミクの意味合いを生かした演出だった。
この動画の累計再生数は14万8000。同じコンセプトで、「ひっそりと”みっくみく”を踊らせてみた」が10月28日に投稿された。これも累計23万再生されるほどの評判になった。いずれも曲の趣旨といかにもうまく合っていたことも人気を呼んだ理由の一つだろう。
なお、この修正版が12月に投稿されている。
この投稿者kakiさんの「ひっそりと初音ミクを踊らせてみた」シリーズの最初は、実はOSTER projectさんの21秒の作品「【初音ミク】ミクたんのテーマ【おまけ】」だった。
このkakiさんにみられるように、一人の動画クリエイターは、一人の音楽家や一つの楽曲だけに特化して動画をつくるわけでは全くない。特定の作曲家や楽曲に縛られず、二次創作作品をつくっていく。そういう中から、注目される音楽作家、動画作家、イラストレーターといった人たちが台頭していく。人と作品が次々と結びつく創作の複雑なネットワークは、この時期に芽吹いていた。
前回と今回取り上げている「Ievan Polkka」「はちゅねミク」「ネギ」「みくみくにしてあげる♪」は、こうした動きを推進した原動力のわかりやすい例で、他の作品・作者が顧みられなかったわけではない。同様のことは、後述するように至るところで起きていた。対象を絞ったのは、要素が増えすぎると記事としてまとめられないという便宜的な理由からだ。
この時期、「ネギ」と「みくみくにしてあげる♪」の両方を基にして生まれたアニメの代表として注目されたのは、次の動画だろう。累計280万再生という数字に現れているように、動画の品質・演出とも、現在の目から見てもかなりのレベルだ。これが2007年10月25日の投稿。初音ミク発売の8月31日から2カ月も経っていない。
「みくみくにしてあげる♪」のサビの部分だけのアニメ化だが、文字通り「ネギ踊り」と題されたアニメも10月31日に投下されている。
「みくみくにしてあげる♪」の派生を見るだけで、当時の派生動画の想定外の展開の仕方がわかる。たとえば、歌詞を各地の方言に「翻訳」したものが続々と投稿された。
この起点になったのがどの動画か、もはやよくわからないのだが、11月8日の投稿で人間が歌った博多弁バージョンがある。
この後、人間が歌ってみた方言バージョンが何作か続き、12月初めごろになると、初音ミク自身に歌わせたものがいくつも投稿されるようになる。ちなみにこれらの方言バージョンも、前回取り上げた「替え歌」に当たるため、著作者人格権に抵触する。また、「翻案権」にもかかわってくる。本来なら作詞家の許諾が必須だが、原曲作者の鶴田さんはむろんそんなことは求めなかった。
前述のとおり、この時期に芽吹いた創作派生の連鎖は、今回取り上げた原曲やモチーフ以外にも多くの起点を持つ。そうした作品は、投稿者が元作品へのリンクを張ったことや、ニコニコ動画のタグ機能によって有機的に結びつき、緊密なネットワークを作り上げた。一次創作と二次創作が両輪となってコミュニティを作り、その熱気を高めていった。
この連載の初期の回で取り上げた作品について、代表的な例を挙げる。
第1回の「恋スルVOC@LOID」は、作者OSTER projectさん自身によるセルフカバー「恋スルVOC@LOID -テイクゼロ-」の着想とユーモア、音楽センスが強く支持された。「テイクゼロ」の名の通り、曲を渡されたばかりの初音ミクがあたふたしながら歌うという設定になっている。音程は外す、テンポについて行けない、歌詞を間違えるなど、散々の出来にもかかわらず、初音ミクの声の特性がOSTERさんならではの愛らしいキャラクターとして活かされている。
実際、曲中のいくつもの巧みな「仕掛け」に、視聴者が逐一反応、好感度抜群のコメントが記録されている。
第2回「あなたの歌姫」は、リップシンクを使って、初音ミクCGモデルの唇を歌詞通りに自動的に動かしたこちらの動画。前回紹介した3D CG専門の掲示板「七葉」で生まれたモデルを使い、2007年12月2日に投稿された。自然な表情や口元の動きが、CGモデルの優秀さと作り手の技量を見せる。
そして「celluloid」(第6回紹介)は、初音ミクのキャラクター性と全く関係ないポップスだったこともあり、視聴者が歌う動画が多数投稿された。機械のボーカル初音ミクではなく、人間の声による自然なポップス。初期からの代表的な歌い手の一人・Milliaさんの例。
初音ミクのオリジナル曲は、このように登場後数カ月のうちに、さまざまな二次創作の起点として認知され始めた。
ニコニコ動画のタグ機能は、2007年3月6日開始の「γ」バージョンから実装された。動画の種類を容易に識別できるようにすることが第一の目的だった。
例えば、先ほど紹介した「vocalips×maya デモ動画」の場合、「あなたの歌姫」という曲名どころか「初音ミク」という言葉すら、動画の題名や説明文に出てこない。原曲へのリンク(無機的な英数文字列)が動画説明文に書かれているだけ。単語検索機能しかなかったら、完全に孤立した迷子のような動画になっていたのは間違いない。この動画をいま容易に見つけられるのは、「初音ミク」「あなたの歌姫」というタグがつけられているからだ。
それだけではない。タグは、二重の意味で重要な役割を果たした。
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