2021年09月30日
今回の自民党総裁選で善戦した高市早苗氏を、ある意味ハラハラした思いで見ていた。安倍晋三前首相の全面的な後ろ盾を得て、中盤からぐんぐんと支持を伸ばした高市氏だったが、スタート時点では「泡沫候補」と言われるほどで、その極端に右寄りの政策はさすがに自民党内にも抵抗を覚えるものもいたに違いない。
ところが芸能人の世良公則や嘉門タツオあたりが持ち上げ始めたあたりから明らかに風向きが変わってきたように見えた。安倍前首相がやりたがっていた、広告会社を総動員した改憲への「大衆操作大作戦」が、すでにスタートしていることを思い知らされた次第である。
振り返ってみれば、この総裁選をめぐるメディアのはしゃぎぶりは異様だった。
菅首相が辞意を表明するやいなや、オリンピック実施の是非や杜撰なコロナ対策など、菅政権が負うべき政治的責任を忘れたかのように、連日、各候補の主張や候補同士の論戦を報じた。選挙前にはなるべく政治的アイテムにさわらぬように気を配り、むしろ有権者の選挙への関心をそらすような話題を優先しておいて、結果が出た途端、アリバイ作りのように選挙を振り返って報じる衆参議員選に対する姿勢と大違いである。
高市氏の『美しく、強く、成長する国へ。──私の「日本経済強靱化計画」』(WAC)は、案の定、興味に駆られてぐいぐいと先を読み進められるような本ではない。巻末にずらりと「資料提供者・ヒアリング協力者」と「参考資料・引用文献」のリストが並んでいるが、さながらワーキング・グループの報告書を読まされているような味気なさが始終つきまとった。
その各論の是非を個別に論ずる字数も余裕もないが、本書を通読した感触をざっくり述べれば、「サナエノミクス」と自ら名付けた、「アベノミクス」の亜流のような経済政策についてが8割、サイバーセキュリティやAIなど技術革新を理由に中国脅威論を増幅し、敵意と憎悪を煽った軍事強化論が1割5分、残りの5分が本書の中でもっとも危険な、そしてこれこそが本丸に違いない改憲論である。
本書の大部分を占める経済政策だが、全体として今後自民党に向けられるであろう批判を先回りしている感が強い。
たとえばそのひとつがコロナ禍の渦中にあっての「危機管理」と「医療体制」についてだ。
「公立病院、民間病院、双方の特徴を活かした『最適な地域医療体制の整備』が必要だ」
とさらりと言うが、病院を整理し、病床数を減らし続けてきたのは他ならぬ政府自民党であったことは、今となっては衆知の事実だ。医療分野の研究助成金を増やせ、と何もなかったかのように言うが、感染症の基礎研究の予算を年々削り続けてきたのはどの党か。「私はこう主張してきたのに」という言い訳はもはや効くまい。政調会長や総務大臣まで歴任してきた人間が口にしていいセリフではない。
それに加えて、持続化給付金の再支給やそのための予算措置の必要性を述べた後の、次の言葉には呆れるしかない。
「しかし、補正予算の編成が無いまま通常国会は閉会となり、その落胆は大きかった。/先ず、病床や医療従事者の確保、宿泊療養先となるホテルや旅館の借り上げについては、更に思い切った国費の投入をしなければ、地方自治体では対応し切れない。生命に関わる対策について、国費を出し惜しんではならない」
まさに「どの口がそれを言う」状態である。「自宅療養」という名の棄民政策を行ったのはどこの党なのか。国会を開けば解決する問題を、頑なに拒み続けている党はどこか。本気で必要だと思ったら、“クーデター”を起こしてでも菅首相に迫るべき問題であった。
あるいは、「分厚い中間層を再構築する税制」を主張する。これも、格差社会をもたらしたのは、他ならぬ与党自民党の政策なのだが、そこはすっかりスルーして〈再〉構築を唱えるのだ。しかもそこには「消費税」という言葉は一切なく、「法人税」という言葉すら出てこない。最大の目玉は「給付付き税額控除」の導入らしいのだが、その項の第1行を読んで、やはり、と思った。
「私は、『格差の是正』を目指す場合にも、『勤労インセンティブを促す』税制にすることが必要だと考える」
つまりここには「がんばる人だけが報われる」というネオリベ思想が強く滲んでおり、この格差社会をもたらしたものの本質をまったく分かっていないのだ。さらに引用する。
「『払う人』と『貰う人』の2分化が進み過ぎると、リスクをとって努力する人が日本に残らなくなってしまう」
という記述に至っては、例のネットで散々拡散された「さもしい顔をして貰えるものは貰おう。
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