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「買い物難民」の労苦をなくすために、大流通資本は小型スーパーの出店を

「大店立地法」施行から21年、当事者としての固有の義務

杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

撤退するスーパー

栃木県足利市で=2004年4月、撮影・筆者拡大栃木県足利市で=2004年4月、撮影・筆者

 例えば私が住む帯広市。この10年間、すでにかなり淘汰が進んだ状況下で、少なくとも都心および都心に近い地域にあった2つのスーパーが閉店した。その周辺には、食料品店は(コンビニ、ドラッグストアを除けば)わずかの大型店しかなくなった。

 都心近くにあったスーパーはそれなりの売り場面積をもっていたが、ついに4~5年前に閉店した。それ以前、そこから1.5kmほどの地点に2つの大型店が出店したために(それぞれ閉店したスーパーの北東・南東にあり、売り場面積はその2倍近い)、売り上げが激減したようである。

 周辺の人口は少なくないが、おそらくその多くはこの2つの大型店で買い物をしていたのであろう。だから当スーパーの買い物客は、周囲に住む車に乗れない人か、バスを利用する少し離れた地域に住む人(私もそのうちの一人だった。店までの距離は2km。それまで数百mの距離にあった2軒のスーパーと2軒の食品店すべてが廃業したため、ここ以外に使える店はなかった)がほとんどだった、と想像される。彼らにとってこの店は命綱だった。

 だが今その店はなく、かつての利用者は上記2つの大型店まで、労苦をおして買い出しに行かなければならない。南の大型店までのバスは1時間に1本である。北の大型店までは1時間に2、3本あるが、時に乗車距離が長い上に、最寄りのバス停まで750m(閉店したスーパーから計って)も歩かなければならない。バス代はいずれの場合も往復400円。そして買い物客は、帰りは大きな荷物を抱えているのである。

 これが労苦ではなくて何であろう。

 彼らの中には、家族・知人等の手助けが得られる人もいる。そうした人の話を何度か聞いたが、手助けを得られても時々のことで、しかもお礼その他の気づかいを欠かせないという。

 だが、手助けが得られる人は幸いである。

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筆者

杉田聡

杉田聡(すぎた・さとし) 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

1953年生まれ。帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)。著書に、『福沢諭吉と帝国主義イデオロギー』(花伝社)、『逃げられない性犯罪被害者——無謀な最高裁判決』(編著、青弓社)、『レイプの政治学——レイプ神話と「性=人格原則」』(明石書店)、『AV神話——アダルトビデオをまねてはいけない』(大月書店)、『男権主義的セクシュアリティ——ポルノ・買売春擁護論批判』(青木書店)、『天は人の下に人を造る——「福沢諭吉神話」を超えて』(インパクト出版会)、『カント哲学と現代——疎外・啓蒙・正義・環境・ジェンダー』(行路社)、『「3・11」後の技術と人間——技術的理性への問い』(世界思想社)、『「買い物難民」をなくせ!——消える商店街、孤立する高齢者』(中公新書ラクレ)、など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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