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東京国際映画祭の大改革~安藤裕康チェアマンと市山尚三ディレクターに聞く

古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

外交官出身チェアマンよる初の本格的な改革

 まず、今回のコンペやセクションの改革は、2000年に東京フィルメックスを立ち上げて昨年まで続けてきた市山尚三さんの貢献が大きい。安藤さんは彼を起用した理由をこう語る。

 昨年、東京フィルメックスを同時開催にしてもらった関係で、市山さんに東京国際映画祭にも選考委員の1人になってもらった。そこで何度か話しているうちに、彼の作品を見る目の確かさ、国際的ネットワーク、ソフトな人柄に圧倒された。矢田部吉彦さん(3月に退任)は17年間頑張ってきて彼のカラーがかなり固まっていたので、新しいカラーを鮮明に出したかった。何人もの候補から市山さんが一番だと思った。

=撮影・筆者拡大安藤裕康さん=撮影・筆者
 私はかつて安藤さんのポストにあった一人から「矢田部さんを代えたくてもその後を考えるとその勇気はとてもない。代えるとしても最低2年はかかる」と聞いたことがあった。安藤氏は昨年の映画祭からわずか半年で実行に移したことになる。また日比谷・銀座・有楽町地区に移った理由として、安藤氏は以下の通り述べた。

 昔から銀座周辺がいいという声は数多くあったと聞いている。まずどこからでも来やすく地の利がいい。映画館が多く、映画の街としてファンに親しまれている。ホテル、レストランなど、映画以外の楽しめる場所も豊富。東京国際映画祭は、銀座のような東京を代表する街でやるべきだと思っていた。
 六本木では会期中の事務局やプレスセンターを森ビルが提供してくれたが、今度は一から探す必要があったし、新たに中央区、千代田区や各商店街の協力が不可欠なので、やるべきことは多かったが、どうにか乗り切った。

 思い切った「人事」の実行や開催地区の変更は、これまで映画業界から出た何代ものトップができなかったことだ。彼らの改革はエコロジーを前面に出したり、アニメ部門を加えたりといった周辺部分のマイナーチェンジにとどまった。

 今回の実行力、政治力は、外務省で駐イタリア日本大使などを経験し、総理官邸の秘書官や国際交流基金理事長などを歴任した安藤氏ならではと言えるのではないか。私はいわゆる映画業界から国際映画祭のトップやディレクターが出るのはおかしいと言い続けてきたが、映画界とは関係のない外交官出身の安藤さんになって初めて本格的な改革ができることになった。

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筆者

古賀太

古賀太(こが・ふとし) 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1961年生まれ。国際交流基金勤務後、朝日新聞社の文化事業部企画委員や文化部記者を経て、2009年より日本大学芸術学部映画学科教授。専門は映画史と映画ビジネス。訳書に『魔術師メリエス――映画の世紀を開いたわが祖父の生涯』(マドレーヌ・マルテット=メリエス著、フィルムアート社)、共著に『日本映画史叢書15 日本映画の誕生』(岩本憲児編、森話社)など。個人ブログ「そして、人生も映画も続く」をほぼ毎日更新中。http://images2.cocolog-nifty.com/

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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