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「ほんとうの日本」とは何か──R・H・ブライスの“金言”を読む

俳句に恋し、昭和天皇の「人間宣言」に関わった異能の英国人

香取俊介 脚本家、ノンフィクション作家

 日本語に堪能な「外国人」は今や珍しくないが、日本語による独自の表現形式である俳句について、その真髄を理解し、やさしく語ることのできる外国人は、めったにいない。

 明治維新前後、日本の文化、社会に強い興味をもち、海外に発信した外国人には、ラフカディオ・ハーンやアーネスト・フェノロサ、ポール・クローデルなどがいる。日本への興味と愛着を人一倍もちあわせていた彼らにしても、日本語独得の表現形式である俳句や川柳にまでは、なかなか踏み込めなかった。

 そんな難事業を見事にやりとげる一方、太平洋戦争直後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)と日本政府双方から信頼され、昭和天皇の「人間宣言」の起草にひそかにかかわった人物がいた。『ほんとうの日本──芭蕉に恋した英国人の言葉』(大江舜訳、展望社)の著者でロンドン生まれのイギリス人、レジナルド・ホーラス・ブライス(1898─1964)である。

ほんとうの日本──芭蕉に恋した英国人の言葉』大江舜訳、展望社拡大R・H・ブライス著『ほんとうの日本──芭蕉に恋した英国人の言葉』(大江舜訳、展望社)
 ブライスという人物を一言で形容するのはむずかしい。大学の教授であり、研究者であると同時に、語学の天才であり、ダンテの「神曲」をイタリア語で読み、セルバンテスの「ドン・キホーテ」をスペイン語で、ドストエフスキーの「罪と罰」をロシア語で読む。同時にスポーツマンであり、音楽の才にも恵まれ、バイオリンやチェロ、ピアノ、フルート、オーボエなど何でも奏でることが出来た。

 本書はブライスの主要著書や雑誌等に掲載した論文から、主に俳句と川柳、および仏教とユーモア、日本文化についての考察等に絞って編集・本邦初訳されたものである。

 さわりを紹介しよう。例えば芭蕉のこんな句──

 晝顔(ひるがお)に米つき涼むあわれなり
 (英訳)The rice-pounder. Cooling himself by the convolvulus flowers, -A sight of pathos.

 この俳句をブライスは英訳すると共に以下の解説を加える。

 《米搗(つ)きが疲れきり、日陰に座り額の汗をぬぐっている。柵沿いに昼顔の花が、この暑さのおかげでもあり、また、この暑さにもかかわらず、咲きほこる。男にとって花はあるような、ないような、だが花にとっては男の存在はないも同然、という、いわば、神のような、名もなき感情を芭蕉にあたえる》

 本書の書名である「ほんとうの日本」については──

 《日本の姿とは、一編の詩、ひと口の茶、床の間に生けられたひと茎の花、腕白な子供のいたずらや、見栄っ張りで愚かな人間の姿を眺めるときに浮かぶ微かな笑みの中に存在する》

 そして、ほんとうの日本にあるものは、「はすかいに差し込む光」や「こちらへ近づいてくる足取り」などにあると強調する。

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筆者

香取俊介

香取俊介(かとり・しゅんすけ) 脚本家、ノンフィクション作家

1942年、東京生まれ。東京外語大学ロシア科卒。NHK(番組制作局ドラマ番組班など)を経て、1980年より、脚本家、ノンフィクション作家に。「異文化摩擦」と「昭和」がメインテーマ。ドラマ作品に「私生活」(NHK)、「山河燃ゆ」(NHK・共同脚本)、「静寂の声」(テレビ朝日系)。ノンフィクション作品に『マッカーサーが探した男』(双葉社)、『もうひとつの昭和』(講談社)、『今村昌平伝説』(河出書房新社)、『北京の檻 幽閉五年二ケ月』(共著、文芸春秋)など。小説に『いつか見た人』(双葉社)、『渋沢栄一の経営教室 Sクラス』(共著、日本経済新聞社)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです