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眞子さん・小室さん会見への違和感──使われた言葉から見える二人の違い

発言の背後に浮かびあがってくる眞子さんの「愛」

野菜さらだ コラムニスト/言語聴覚士

違和感その1:「愛している? だったらなぜ?」

 眞子さんは、最初に新型コロナ感染症の影響を受けている方々への労(ねぎら)い、ご自身が皇族として過ごされた中で出会われた人々への感謝に相当な文字数(文字起こしされたものでカウントすると534文字。以下同様)を費やした。

 その「後に」、小室圭さんとの結婚に言及したが、それもまず「ご迷惑をおかけすることになってしまった方々には、たいへん申し訳なく思っております」「応援してくださった方々に、感謝しております」と周りへの配慮から始まっている。最初のお言葉の最後の最後で初めて「私にとって圭さんはかけがえのない存在です」と圭さんへの想いを語られた。

 実は、お二人の会見で使われていた言葉の違いが気になり、会見全体でどんな文言をそれぞれが使われたかを少し整理してみた。「感謝」「守」(「見守られ」「守り」)「心」という言葉を眞子さんの方が特に繰り返し使われていることがわかる。

表 会見中※にそれぞれが使われた言葉の回数拡大【表 会見中にそれぞれが使った言葉の回数】(※合計文字数 眞子さん:1453文字、圭さん:897文字 *質問に対する回答をのぞく)

 眞子さんの後で言葉を続けることになった圭さんは、開口一番「私は眞子さんを愛しております。一度きりの人生を、愛する人と共に過ごしたいと思っています」と言った。圭さんの最初の発言は文字数にして221文字、眞子さんの半分以下の分量で、費やされた内容は、結婚に関して迷惑をかけたことへのお詫びと眞子さんと人生を歩みたいという彼の気持ちの繰り返しと周りへの感謝であった。

 ここで最初の違和感を覚えた。「愛している? だったらなぜ?」というモヤモヤ感だ。

 そもそも「愛している」とは、一体どういうことなのだろう。ただ、相手のことを「好き好き」と言ったり、「一緒にいたい」という気持ちを表明したりすることだけではないはずだ。

 ずっと前に、私が心から尊敬している恩師(仮にK先生としておく)が、私の結婚式に「愛とは、『心』を『受け入れる』と書きます。お互いの心を受け入れていってくださいね」と祝辞を述べてくれた。愛という文字は「“心”という文字を“受”が優しく包んでいる」というわけだ。

 以来、私は「愛」という文字を見る度に、K先生の言葉が頭の中で木霊(こだま)する。なぜなら、先生の佇まい、立ち居振る舞いが「愛」そのものだったからだ(残念ながら、その相手とは数年後に別の人生を歩んでいるが、それも相手への愛ゆえではあるが)。

 常に自分のことより人のことを優先して行動し、特に障害のある子どもたちや人々の教育・福祉サービスのためにわが身を削り、時には権力と抗してまさに身を楯にして様々な活動を行い続けていらっしゃる、その先生の言葉だからこそ「愛」という言葉が胸に響いた。

 「愛しています」と言葉で言うのは簡単だ。しかし、その言葉が真実味を持って人々の心に迫ってくるのは、そこにその人の「行動」が伴ってこそだろう。私にとっての愛というものは、K先生がその振る舞いから嘘偽りなく教えてくださったものであり、それは、

 「相手の幸せを願って動くこと、相手を苦しめないこと」

 である。

記者会見を終え、退出する小室圭さんと眞子さん=2021年10月26日午後2時11分、東京都内のホテル、代表撮影 20211026拡大記者会見を終え、退出する眞子さんと小室圭さん=2021年10月26日、代表撮影

 先の圭さんの「愛しています」という言葉を聞いたときに、やはり瞬時に私は自分がK先生から学んだ「愛するという意味」に照らし合わせてその意味内容を考えてしまったのだと思う。だから、「え? 愛しているのになぜ?」という違和感が沸き起こってしまったのだ。

 愛しているのに、なぜ眞子さんはあんなに

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筆者

野菜さらだ

野菜さらだ(やさいさらだ) コラムニスト/言語聴覚士

本名・三田地真実(星槎大学大学院教育学研究科教授) 教員、言語聴覚士として勤務後、渡米。米国オレゴン大学教育学部博士課程修了(Ph.D.)。専門は応用行動分析学・ファシリテーション論。2016年からオンライン会議システムを使ったワークショップや授業を精力的に行っている。著書に『保護者と先生のための応用行動分析入門ハンドブック』など。教育雑誌連載と連動した 「教職いろはがるた」の動画配信中!

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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