一般にはあまり知られていないかもしれないが、いまや日本の絵本は、マンガやアニメと同様に世界中で高く評価されている。毎年イタリアのボローニャで開催される国際児童図書展の絵本原画展でも毎回のように受賞者を出しているし、スロバキアで隔年開催されるブラチスラバ世界絵本原画展でも、日本の絵本作家が主要な賞をこのところ毎回受賞している。

澤田精一著『光吉夏弥──戦後絵本の源流』(岩波書店)
「戦後絵本の源流」と副題されたこの本
『光吉夏弥』(澤田精一著、岩波書店)は、戦前から海外の絵本に注目し、戦後絵本の起爆剤ともなった「岩波の子どもの本」を石井桃子とともに立ち上げた光吉夏弥の評伝である。これまで明らかにされなかった光吉の生涯をたどりながら、戦中のビジュアル・プロパガンダや戦後のGHQ(連合国最高司令官総司令部)の対日政策の意外な実態にも迫るエキサイティングな一冊でもある。
著者は70年代、福音館書店から刊行されていた月刊誌「子どもの館」で、晩年の光吉の連載を担当したことから、子どもの本だけではない彼の並外れた博識とともに、風貌が醸し出す孤独な雰囲気を探るべく光吉の評伝に取り掛かる。
光吉の父親は日本綿花株式会社やスタンダード石油をはじめ明治期の基幹産業の重役などを歴任し、著作も何冊もあった。光吉はこうした経済的にも文化的にも恵まれた環境に育ったことから、芸術全般に早くから関心があったのだろう。1925年、慶応義塾大学予科在学中、「婦人画報」に「近代舞踊絵巻序観」を光吉夏弥名で寄稿する。舞踊を幼児の身体的感情表現や未開社会の部族の身体表現など言語以前にまで遡って論ずる視点から、著者はこれが子どもの世界や未開文明への関心につながると読み解く。このとき光吉は20歳。