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絵本翻訳者の生涯から浮かび上がる戦中戦後文化史の意外な実態

野上 暁 評論家・児童文学者

占領政策が子ども文化に与えた影響の大きさ

 光吉の生涯を通してもう一つ考えさせられたのは、アメリカの占領政策の意外な実態についてである。敗戦後、GHQの対日政策により占領下の報道や出版の検閲ばかりか、軍国主義的と思われるものの没収も行われた。検閲は新聞や出版にとどまらず、個人が取り交わす郵便や電報・電話にも及び、そのために動員された検閲官は8000人に達したというから異常である。

紙芝居の裏面。ほぼ全ページに検閲済みのスタンプ(左端)とサインがあった拡大GHQの検閲は文化各方面に及んだ。検閲済みスタンプ(左端)とサインが入った紙芝居の裏面

 また「アメリカ教育使節団報告書」には、漢字表記の日本語は学習上の弊害になるから問題だとも記されていた。これが当用漢字の告示や現代仮名遣いにつながったのだろうと著者はいう。

 また、この時期にはGHQの後押しもあって、「赤とんぼ」「子供の広場」「銀河」など、民主主義を標榜した子ども雑誌が次々と創刊される。戦時下に「君たちはどう生きるか」などの「日本少国民文庫」シリーズを企画編集した山本有三は、「日本少国民文化協会」の命名者でもあったのだが、戦後新潮社から創刊した「銀河」では、左開きで本文は横組みを採用している。アメリカ教育使節団の報告書に忖度して、いずれはアルファベット表記にするつもりだったのか。軍国日本の民主化を建前に、GHQは検閲や没収などの強硬策と共に、教育や文化面での政策にも力を入れ、戦争協力させられた転向文化人を、民主化の先兵としても利用したのだ。

 光吉は1946年5月に中央公論社に入社し、48年2月創刊の「少年少女」の編集担当となり、同誌に自らも「猫にきいた鼠の話」を連載する。しかし7月号を最後に光吉は中央公論社を突然退社し、連載童話も打ち切られる。退社理由は明確にされていないが、次号は8月・9月合併号となり、「あとがき」には「今までの編集のやり方も大いに考えなおしたい」とあるから、編集方針での齟齬があったのだろうか。戦前中央公論社に在籍していて、戦後実業之日本社から刊行された「赤とんぼ」の編集長となった藤田圭雄(たまお)が、中央公論社に復職したのと入れ替わりに光吉が退職しているから、藤田との確執が原因だったことは疑いない。戦中戦後の出版界における藤田の立ち位置と共に、このあたりの真相も知りたいところだ。

 戦後の光吉の最大の功績は、何といっても「岩波の子どもの本」の創刊であろう。そしてここにもアメリカの影が見え隠れしていると著者はいう。53年9月半ば、光吉は岩波書店の小林勇専務と石井桃子に呼ばれ、会議室での1時間足らずの打ち合わせで「岩波の子どもの本」第1期24冊を12月から刊行することが決まる。光吉が所蔵していた外国の絵本をばらし、それを逆判に使って取り敢えず12月に6冊刊行し、翌年の4月に6冊配本した直後の5月に、石井は突然岩波書店を退社し、8月にロックフェラー財団の招きでアメリカに行ってしまう。

石井桃子拡大石井桃子

 石井の『児童文学の旅』によれば、坂西志保に突然声をかけられてアメリカ留学を決意したというが、ロックフェラー財団の留学制度は、アメリカの対日政策の一環を担うソフト・パワーで、事前に周到な調査をした上でのものだった。だから、「子どもの本」の刊行は、むしろ岩波書店も石井の留学を事前に知った上での予定だったのではないかと著者は推察する。

 財団によりアメリカ留学したのは53年出発の福田恒存、大岡昇平から始まり最後となる62年からの江藤淳までの10人で、石井を除き文壇文学者ばかりである。GHQは、将来の日本を担う作家や文学者をアメリカに招き、良きアメリカを知らせ、民主主義を根付かせるための周到な施策を遂行したと著者はいう。こうしたことから考えると、戦後日本の絵本は、アメリカがしつらえた環境の中で生まれ、アメリカという「ゆりかご」の中で育まれたとも述べるのだ。

 つまり、アメリカは石井に白羽の矢を立て、子どもの本を通して日本の図書館の整備や司書の育成などで民主化に寄与させようとしたのではないか。石井の子どもの本の世界におけるその後の活動と影響力を見るにつけ、アメリカの占領政策の子ども文化に与えた影響の大きさを改めて認識させられる。

 光吉はその後、写真、子どもの本、舞踊に関する企画編集や執筆・翻訳の仕事を、89年に84歳で亡くなるまで続ける。とりわけ、「子どもの館」に連載した「子どもの本の世界から──その文献と資料」は、戦前から収集した様々な文献を紹介解説する貴重な論考で、これが単行本として刊行されていないのが惜しまれる。ともあれ、光吉の秘められた生涯をたどることから、戦中戦後のビジュアル文化の意外な事実が浮かび上がってくる。

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筆者

野上 暁

野上 暁(のがみ・あきら) 評論家・児童文学者

1943年生まれ。本名、上野明雄。小学館で子ども雑誌、児童図書、文芸書、学術書などの編集部門を担当。著書に『おもちゃと遊び』(現代書館)、『「子ども」というリアル』『日本児童文学の現代へ』(ぱろる舎)、『子ども学 その源流へ』(大月書店)、『越境する児童文学』(長崎書店)など。編著に『わたしが子どものころ戦争があった――児童文学者が語る現代史』(理論社)、『子どもの本ハンドブック』(三省堂)、『いま子どもに読ませたい本』(七つ森書館)など。日本児童文学学会会員。日本ペンクラブ常務理事

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです