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本質を語る〈黙・遅〉、太田省吾の演劇つなぐ使命

杉原邦生が『更地』『水の駅』を演出

杉原邦生 演出家、舞台美術家

 気鋭の演出家、杉原邦生(1982年生まれ)が、太田省吾(1939~2007)の戯曲に相次いで取り組んでいる。上演中の二人芝居『更地』に続き、12月には『水の駅』が上演される。杉原が、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)での恩師でもある太田の作品といま向き合う意味を語る。
   (構成・山口宏子=朝日新聞記者)

時代を超えて「戻っていける」

『更地』の舞台。南沢奈央(左)と濱田龍臣=井上嘉和撮影
 太田さんの戯曲は「宇宙の中の人間」を描いています。それは、人智の及ばないレベルの生命体の話であり、「この世界」という言葉でくくれないくらいの大きな世界の中における人間の話です。これは、ギリシャ悲劇のような古典とは違う意味で、いつの時代でも「戻っていける」演劇だと思います。

太田省吾
 太田省吾は、若い頃から「老い」を追究するなど、独自の領域を切り開いてきた演劇人だ。能の影響を強く受け、舞台上で俳優がせりふを発しない「沈黙劇」や、2メートル歩くのに5分かけるような極端に遅い動きなど独特の表現で、静謐で哲学的な演劇作品を作り続けた。1968年に設立に参加し、後に主宰となった劇団「転形劇場」には俳優・大杉漣らが所属した。

 88年に劇団を解散した後は近畿大学で教え、その後移った京都造形芸術大学では2000年に新設された映像・舞台芸術学科の学科長を務めた。杉原はその2期生にあたる。

 『更地』は92年に太田自身の演出で初演された。中年夫婦が、かつて自分たちが暮らしていた家があった空き地を訪れ、家の記憶をたどり、自分たちの人生に思いをはせる物語で、岸田今日子と瀬川哲也が出演した。杉原は2012年にこの戯曲を初めて演出し、戯曲の指定と異なる若い俳優二人を起用し、「未来」に向かう物語として創作した。今回も若い南沢奈央、濱田龍臣の出演で、作品と新たに向き合っている。

杉原邦生=細野晋司撮影
 『更地』は、大学に入って間もない頃、初めて観た太田作品です。「自分が思っている演劇とは全く違う演劇と出会った」というこの体験は、僕の原点でもあります。

 太田さんの戯曲には、俳優を詩人にする「言葉の力」がある。その言葉と俳優をどう出会わせるかが演出家の仕事だと思っています。僕の演出する『更地』は、太田さんが演出した舞台とはテンポも色合いも、何もかも違うかもしれないけれど、お客様が最後に『更地』を観た!と「太田省吾」を感じてくれれば成功かな、と考えています。

 僕も年齢を重ね、9年前に演出した時と比べて、「わかる」ことが多くなりました。以前は「熱い!」と思っていたお風呂のお湯が、ほどよい温度になってきた、そんな感覚です。

『更地』
作:太田省吾
演出・美術:杉原邦生
2021年11月7~14日(8、10、11日休演)
東京・世田谷パブリックシアター(03-5432-1515)
6500~3000円、高校生以下1000円

主催:新潟市芸術文化振興財団、KUNIO/合同会社KUNIO,Inc.

人間の本質を描き出す「遅さ」と「沈黙」

 太田さんの創作した「遅い」演劇は、時代の流れに逆行している。だからこそ、僕たちが見落としてしまっている生活の細部や、社会全体が見失ってしまっていることなどに気づかせてくれます。

 特に「沈黙劇」では、言葉を使わず、ゆっくりした動きを通して、日常のスピード感では見えてこない、人間の存在や行動の理由、人間同士の交わり、コミュニケーションといった本質的なことを示すことができる。

 そうしたことは、作品が発表された30~40年前でも既に社会が見失っていたものだったのでしょうが、今の僕らは、そこからさらにスピード感・リズム感を増した社会で生きています。SNSやインターネットの発達によって、人間同士が直接触れ合うわけではないコミュニケーションツールも急速に発達してきた。そんな現代に、人間本来の姿・あり方・接し方を再認識させてくれる太田作品の重要性は、ますます増している気がします。

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