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つかこうへいが見せた「友」への真摯な思い

俳優、沖雅也をめぐる出来事〈下〉

長谷川康夫 演出家・脚本家

無条件の愛を語る「逆説」のエール

    【つかこうへいが語らなかった「事件」】から続きます。

 「ぼくはいつも〝虐げる側〟と〝虐げられる側〟を書いてきたから……」(扇田昭彦『日本の現代演劇』岩波新書)

 そう語るつかにとっての「オカマ」たちは、どこか虐げられる側としての存在だったのだろう。つかがそこに踏み込んだのは、彼らがまだ「日陰者」として生きねばならなかった時代だからこそで、そんな彼らに対するつからしい逆説に満ちた無条件な愛は、『いつも心に太陽を』を始めとする多くの作品の中に溢れている。

つかこうへい=1980年撮影
 『いつも心に太陽を』の初演時は、ちょうど自らのセクシャリティを売り物とする者たちが、テレビなどで活躍し始めた頃だった。つかはそれに対し「営業ガマ」だの「マスコミホモ」といった言葉で嫌悪してみせたが、それとて、今で言うセクシャルマイノリティの大多数がやはりまだ「虐げられる存在」であった時代の、彼らに対する逆説的なエールだったような気がする。

 1985年頃だったか、構想中の『青春・父さんの恋物語』の取材という名目で、つかと二人、名古屋、大阪、博多と、数日かけゲイバーめぐりをしたことがある。

 そこで働く彼らに対し、必ずつかは楽しそうに、根掘り葉掘りその生い立ちや今の生活などを訊ねた。そしてどこに行っても、逆に偏見のないつかの優しさがわかるのか、皆、心を許し、決して営業用ではない胸の内を素直に、そして真剣に語ってくれるのだった。少なくとも僕にはそう感じられた

 そんなつかがテレビ東京の『つか版・忠臣蔵』で出会った日景氏に対し、特別な感情を持ったのは当然だった。それと相まって沖雅也に向けての芝居作りにも力が入って行った。

 なのに本番当日、沖は姿を現さなかったのだから、つかの失望は大きかったはずだ。ところがその内実を知ることで、二人に対するシンパシーはますます強くなっていくのである。

 沖の突然の降板は、公には自宅で倒れたためとされたが、実際は車に乗って姿をくらましたからで、それが沖の持つ精神的な病によるものだと、僕はつかから聞かされた。

 わざわざ見舞いに行ったつかは、そこですべてを打ち明けられたらしい。沖と日景氏が戸籍上の親子であることも、このとき知ったようだ。

 こんなとき必ず「俺にまかせろ」となるのがつかこうへいである。

 それからというもの、二人との交流は密になり、自作のテレビドラマへの沖の立て続けの起用に繋がるのだ。

 そしてそんな中で、いわゆる性的には「ストレート」でありながら、日景氏を心底、父のように慕い、当時まだ世間的には理解され難い「関係」を築いた、沖雅也という男のある種けなげな思いに、いっそう肩入れしたくなったのではないか。

 僕が最後に沖と会ったのは、その自死を知るちょうど一週間前だった。

 つかのマンションに呼ばれ、TBSのドラマ『蒲田行進曲』の前編を一緒に観たのだ。僕の記憶では、そこにいたのは他に日景氏だけだったように思う。

 今回この原稿を書くにあたってあれこれ調べるうち、ある俳優がそのときのことをテレビの対談番組で話していたことを知り、少々驚いた。どうやらのちに僕から聞いた話が、彼の個人的な思い込みによって増幅され、あたかも自分で見たかのごとく、まことしやかに語られたようなのだ。

ねじれた、つか流「信頼」の表現

 その日つかはテレビのオンエアで、完成した『蒲田行進曲』を初めて見た。もちろん僕らも同じだった。

テレビ版『蒲田行進曲』を紹介した朝日新聞の記事=1983年6月22日朝刊
 そしてドラマが進むうち、つかの機嫌がどんどん悪くなっていくのに気づいた。その理由は僕もなんとなくわかっていた。

 『蒲田行進曲』で描かれなければならないのは、小夏、銀ちゃん、ヤスという三人の複雑な「愛」の形である。ある種異様な関係性の中でも、三人それぞれが互い同士をどこか無条件に愛おしく思っているのだ。舞台にも映画にも間違いなくそれがあった。

 ところがこのドラマ版では、三人が競うように自分の主張をするばかりで、ただ我儘な連中にしか見えず、互いへの愛のようなものが一切感じられないのだ。

 すべて観終わったつかは、自らの苛立ちをぶつけるものが欲しかったのだろう、目の前の沖に対し、あれこれ演技に注文をつけ始めた。

 僕などには慣れっこで、その口調もいつもほど厳しいものではなかったが、それまでどの現場でも、つかによってひたすら気持ち良く芝居させてもらっていた沖には、かなり途惑いがあったかもしれない。

 しかしこの洗礼は、つかの中で沖との関係が一段階進んだことを意味する。

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