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京王線事件の容疑者の存在を近くに感じた私~小説のネット投稿で考えたこと

「死刑になりたい」は「本当はこんなにも生きたいのに」という心の叫び

香月真理子 フリーランスライター

 10月31日、走行中の京王線電車内で男が乗客の胸を刺し、火を放った。「人を殺して死刑になりたかった」「小田急線の事件をまねた」「仕事や人間関係がうまくいかなかった」など、報道を通して聞こえてくる言葉はどれも子どもっぽく、短絡的な犯行にも思えるが、そもそも、その時々の自分の境遇や思いを細やかに言葉にできる人なら、こんな凶行には及ばずに済んだはずだ。自分がなぜこんなことをしてしまったのかさえ、今でもよくわかっていないというのが実際のところだろう。

調布署を出る服部恭太容疑者=2021年11月2日午前11時57分、東京都調布市拡大京王線の事件で、服部恭太容疑者は「人を殺して死刑になりたかった」と話したという=2021年11月2日、東京都調布市

 こういうニュースを聞くたびに、犯罪を生み出した社会になのか、その社会に対して何もできない自分になのかわからない怒りが込み上げてくる。ネットニュースのコメント欄をのぞくと、「みんな苦しいんだ。でも、こんなことはやっちゃダメだ」と励まし合うようなコメントも多く見られ、いっそう胸が苦しくなった。

 衆院選で自民党が絶対安定多数を確保したのも、政権がひっくり返ったりして、これ以上不安定な世の中になってほしくないという痛切な願いの表れのように思えた。

 私にはなぜか、「死刑になりたい」が「本当はこんなにも生きたいのに」という心の叫びに聞こえる。そして犯罪は「人と関わりをもちたい」「甘えたい」という欲求が極限に達した末の、最後の手段としての、社会との接点のもち方に見える。

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筆者

香月真理子

香月真理子(かつき・まりこ) フリーランスライター

1975年、福岡県生まれ。西南学院大学神学部卒業。編集プロダクション勤務を経て、2005年からフリーランスライターに。著書に『欲望のゆくえ──子どもを性の対象とする人たち』(朝日新聞出版)』。現在、『ビッグイシュー』に執筆中。新型コロナ自粛中に応募した短編小説『獄中結婚の女』が山新文学賞(4月分)準入選に。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです