メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

京王線事件の容疑者の存在を近くに感じた私~小説のネット投稿で考えたこと

「死刑になりたい」は「本当はこんなにも生きたいのに」という心の叫び

香月真理子 フリーランスライター

異世界転生を夢想して心の支えにする読者

 正直に言えば、自分が今、電車に火を放たずにいられていることが不思議なくらい、私は容疑者の男の存在を近くに感じた。それくらい、私の人生もぱっとしない。ライター業だけでは収入が足りず、小説家を志しているが、デビューのきっかけになりそうな文学賞には落選し続け、原稿を送った顔見知りの編集者からは1年近くも返事がない。残りの人生の短さを思えば、このまま何にもなれずに死ぬのかもしれないと震えてくる。ここから這い上がれそうな要素は、今のところ一つもない。

 久しぶりに都心を歩いてみると、コロナ禍などなかったかのように経済がまた回り出していた。しばらくこもっているうちに、女性たちが着ている衣服のデザインもすっかり変わり、いまだに何年も前の服を着て歩いている私は完全に浮いていた。

 誰にも相手にされないので、ひと月ほど前から、誰でも無料で作品を発表できる投稿サイトに、小説の投稿を始めた。誰にも教えていない秘密のペンネームで。初めのうちこそ、本業を離れて別人になれる快感に興奮していたが、1日100にも届かないPV(ページビュー)数に、早くも意欲を失いかけている。仕事で、発行部数が数千、数万の媒体に書かせてもらってきたことが、いかにありがたく、いかに自分の力とは無関係であったかを思い知った。

 小説の内容を更新すると、みんなに告知してくれる機能もあるが、同時刻にいくつもの作品が投稿されるため、あっという間に後ろへ押し流されてしまう。

 他の投稿者が書いているアドバイスを読むと、PV数や評価を伸ばすには、他の作品も積極的に読み、多くの作者と交流を深めることが欠かせないようだ。いまだに3Gのガラケーを使い、ツイッターもLINEもやったことのない私には、知らない人と次々交流するなんて、考えただけで気が遠くなりそうで、できそうもない。

 こんなところでも、コミュニケーション能力がものを言うのかと複雑な気持ちになる。

 ランキングの上位を占めるのは、異世界転生もの。死んで、異世界に生まれ変わった主人公が、その世界では魔法などの特殊能力を使えたり、モテモテだったりするといった内容のジャンルだ。

Benjavisa Ruangvaree Artshutterstock拡大Benjavisa Ruangvaree Art/Shutterstock.com

 以前パートをしていた八百屋に、このジャンルを愛読している30代の男性がいて、

・・・ログインして読む
(残り:約1365文字/本文:約2933文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

香月真理子

香月真理子(かつき・まりこ) フリーランスライター

1975年、福岡県生まれ。西南学院大学神学部卒業。編集プロダクション勤務を経て、2005年からフリーランスライターに。著書に『欲望のゆくえ──子どもを性の対象とする人たち』(朝日新聞出版)』。現在、『ビッグイシュー』に執筆中。新型コロナ自粛中に応募した短編小説『獄中結婚の女』が山新文学賞(4月分)準入選に。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです