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【ヅカナビ】雪組公演『CITY HUNTER』-盗まれたXYZ-

冴羽獠、99%のコミカルと1%のダンディズム

中本千晶 演劇ジャーナリスト

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 雪組公演『CITY HUNTER』、原作18巻(文庫版)をついに読み終えた!

 もとはといえば「業務上の都合」だった。舞台の原作となった書籍はできる限り読むし、映像は見るようにしている。『CITY HUNTER』もその一環として、半ば義務感から読み始めたものだった。

 ところが、読み始めたら面白くて、読み進めるスピードが加速度的に上がっていった。「ミイラ取りがミイラになる」ではないけれど(これではまるで、ミック・エンジェルのような諺の使い方だ)、自分でも驚くほど原作の魅力の虜になってしまった。そして全巻を読破、めでたく「にわか原作ファン」の仲間入りである。

 もともと聞いていた話は「えっ?あの下ネタ満載の『CITY HUNTER』が本当にタカラヅカで舞台化できるの?」といった類のものばかりだった。だが、読み終えた今の印象は真逆だ。これほど「タカラヅカらしい」作品はないのではないかといってもいいくらいである。

 ただそれが、非常にわかりにくいのだ。原作でも、冴羽獠のカッコいいところは1巻につき1コマぐらいしかない。しかも、あっという間に元のふざけた様子に戻ってしまう。もっとも、その奥ゆかしさがたまらなく良いのである。99%コミカルな彼が、1%の確率でかっこいいところを見せるから、たまらないのだ。

 つまり、「もっこり」というワードに象徴される(あ、書いてしまった)一連のおふざけは、この作品の核心ではない。核心は間違いなく冴羽獠と香の「愛」だ。冴羽獠は、最高にストイックで純な男なのだ。だがそれは、核心を厚くおおうものを突破していかなければ見えてこない。だからこそ、余計に尊くきらめいて見えるのだと思う。

 その核心の部分を表現する場として、タカラヅカ以上に相応しいところはないだろう。シャイな原作ではなかなか見られない部分を、タカラヅカでは心置きなく表現できる。そこに、タカラヅカが『CITY HUNTER』をやる意義があり、原作ファンの方々も心震えるのではないだろうか。

精巧なパズルのような、タカラヅカ版『CITY HUNTER』

 物語の舞台は1989年の新宿、スイーパー(殺し屋)である冴羽獠(彩風咲奈)は凄腕のイケメンだが、「かわい子ちゃんから」と「心震える依頼」しか受けない主義なので、台所はいつだって火の車だ。

 パートナーの香(朝月希和)は、亡くなったかつての相棒・槇村(綾凰華)の妹である。本当は香のことを心から大切に思っている獠だが、普段はそんなことはおくびに出さず、女の子の尻を追いかけ回してばかりいる。その度に、香の「100tハンマー」が頭上に振り下ろされる。お互いちっとも素直になれない関係である。

 そこに現れたのが、獠がかつてアメリカにいたときのパートナーであり、「世界一のスイーパー」の座を獠と競うミック・エンジェル(朝美絢)だった。じつはミックは獠の育ての親である海原神(夏美よう)から「獠を倒せ」との依頼を受けてやってきていた。しかも、ミックもまた香に惚れており、香の心も揺れてしまう。

 はてさて、獠と海原の対決は? ミックの本心は? そして獠と香の関係はどう決着がつくのか?

 これがタカラヅカ版の基本構成である。脚本・演出を担当した齋藤吉正は、原作の終盤で展開される物語を骨格に据えつつ、「グジャマラ王国のクーデター」や「国際犯罪組織ユニオン・テオーペや暴力団劔会との抗争」など、複数の事件を並行して走らせることで、個性豊かなキャラクターを数多く登場させ、原作ゆかりのエピソードもあちこちに詰め込んでみせた。

 だが、最後はタカラヅカらしく締めくくる。まるで精巧なパズルのような出来上がりだ。そのことが原作を読んでみると改めてよくわかった。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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