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初音ミク「護法少女ソワカちゃん」(上)物語シリーズの幕開け〜奇跡の3カ月(17)

「愛してくれなきゃ仏罰下るわよ」

丹治吉順 朝日新聞記者

「カゲプロ」「悪ノ大罪」に先行する物語シリーズ

初音ミクやボーカロイドを使った音楽作品が広まっていくにつれ、ストーリーのある楽曲の連作も投稿されるようになる。いくつかはネットを飛び出して出版やアニメなどでも展開し、大ヒット作も生まれた。そうした作品を支持したのは主に当時10代だった人々で、今は多くが社会人になっている。新社会人の少なくとも一定の割合の人々にとって、初音ミクやボーカロイドの文化は、音楽や動画だけでなく、物語やアニメの世界でも馴染み深いものになっている。

代表例は「カゲロウプロジェクト」(略称カゲプロ)だろう。

小説「カゲロウデイズ」表紙拡大小説「カゲロウデイズ」表紙

クリエイターじんさんによるボーカロイド歌唱の連作動画が若い世代の圧倒的な共感を呼び、小説としてもシリーズ化された。その書籍の累積出版部数は1500万部にも及ぶという。コミック化、アニメ化もされている。

「カゲプロ」の動画第1作となる「人造エネミー」が公開されたのは2011年2月17日、ブームを爆発させる「カゲロウデイズ」(下記)の公開は同年9月30日だった。以後、「カゲプロ」シリーズの動画は、公開されるたびに爆発的な人気を呼び、この時期のボーカロイドブームを大きく加速した。

【MV】 じん 「カゲロウデイズ」

小説「悪ノ娘」表紙拡大小説「悪ノ娘」表紙
さらにさかのぼると、2008年4月6日投稿の「悪ノ娘」(下記)から始まった「悪ノ大罪」(または「七つの大罪」)シリーズや、同年3月3日投稿の「森之宮神療所☆」(下記)シリーズなど、語りもの的な連作動画は「カゲプロ」以前の相当早い時期から複数登場していた。

「悪ノ娘」は、初音ミクの次に登場したボーカロイド鏡音リンの歌唱、シリーズでは各ボーカロイドがそれぞれ役を担い、宿命的な物語を紡いでいく。

この「悪ノ大罪」シリーズも、作者の悪ノPことmothyさん自身によって小説化され、好評を博した。ロシアなど海外での人気が高いのも大きな特徴だ。また、2021年12月中旬現在、人気のソーシャルゲーム「プロジェクトセカイ」でも重点的に特集されている。ボーカロイド文化の歴史上、重要な作品群といっていいだろう。

【鏡音リン】 悪ノ娘 【中世物語風オリジナル】

さらに先立つ「森之宮神療所☆」シリーズは、視聴者がコメントで祈願の言葉を投稿するのが慣わしのようになっており、「新型コロナが終息しますように」など、最近投稿されたと思われる視聴者コメントも目立つ。今も引き続き愛好されているのだろう。

【VOCALOID】 森之宮神療所☆ 【先生】

そうした語りもの・物語タイプの作品群の最初期の代表が、「護法少女ソワカちゃん」シリーズといっていい。とはいえ、シリアスさが前面に出た「カゲプロ」「悪ノ大罪」シリーズなどとは大きく異なり、ギャグとパロディの応酬になっている(一方、ストーリーの面白さや個性という点では全く引けを取らない)。

「ソワカちゃん」シリーズでは、歌とストーリーだけでなく、絵やアニメ動画も作者自身が制作していた。しかも前述のようなハイペースな投稿。初音ミクとボーカロイド、歌声合成ソフトのその後の15年近い歴史を見渡しても、ここまで個性的で縦横無尽な活躍を見せた作者は決して多くない。

熱烈に支持したコアなファンたち

連載次回の「下」(後編)で詳述するが、「ソワカちゃん」シリーズには、熱心でコアなファンが多いのも特徴だ。知識人層にもそれは及ぶ。

「テヅカ・イズ・デッド」などの著書がある東京工芸大学マンガ学科の伊藤剛教授もその一人。雑誌「ユリイカ」が1冊全部(約240ページ)を初音ミクの特集に充てた臨時増刊号「総特集 初音ミク〜ネットに舞い降りた天使」(2008年12月発行)には、伊藤さんによる「ソワカちゃん」シリーズの紹介と、その意味の解説が実に8ページに渡って掲載されている。

今回は、改めて伊藤さんに「ソワカちゃん」シリーズについて紹介を依頼、次のようなコメントを寄稿してもらった。

『護法少女ソワカちゃん』は、2020年代の現在となっては、ボカロの歴史を知りましょうといった関心にとらえられるものかもしれないです。いまソワカちゃんをひとに勧めるとしたら、いったいどういう切り口がよいのか、正直迷います。仏教や現代思想などの引用が云々や、表現形式のハイブリッドなどは、言及すればするほど「面倒くさい」感じがするからです。そこで、まずは、特異な言語感覚と、ゴシックやインダストリアルといった1980年代のオルタナティヴな洋楽の影響の濃い、演劇的な楽曲のすばらしさを言っておきましょう。


ソワカちゃんの言語感覚は、語の選択のみならず、子音のパターンを適確にメロディーに乗せるやり方で醸し出された独特のグルーヴにもみられます。「修羅礼賛(しゅららいさん)」とか、普通出てこないと思います。シュラライサン、シュラライサンと重ねるサビに、私はまずやられました(『修羅礼賛 護法少女ソワカちゃん第11話の歌』2007年12月)。また、たとえば『コードネームは赤い数珠』(2008年3月、MEIKO使用)のラストでは「シャーンティカシュリースヴァーーハー」と歌い上げるのですが、これは『消災吉祥陀羅尼(しょうさいきちじょうだらに)』という仏教の呪文(陀羅尼)の最後の部分「消災吉祥薩婆訶」をサンスクリット語で読んだものです。


ソワカちゃんのサウンドからは、個人的には、SPKやキャバレー・ヴォルテール、コイルといったバンドを想起しています。とりわけ、ジム・フィータスの名が浮かびます。いずれも、チープな電子音を用いつつ、硬質で重いビートを特色とするものですが、それと初音ミクの高くて細い声がフィットしたのが、何より思いがけない幸運な出会いだったのだと思います。そこで「ソワカちゃん」という存在が爆誕したのです。

修羅礼賛 護法少女ソワカちゃん第11話の歌

コードネームは赤い数珠 護法少女ソワカちゃん。架空アニメ「ソワカちゃん」シリーズの外伝的動画。こうした外伝作品も精力的に投稿された

「ソワカちゃん」シリーズは、ギャグやストーリーを追うだけでも十分に楽しめる。私事だが、2007年当時小学3年だった筆者の長男は、「ソワカちゃん」の新作が公開されるたび、大喜びで視聴していた。「ソワカちゃんの新しいの、まだ?」というのが、あのころの彼の口癖だったし、親子の共通の話題にもなっていた。つまり、小学生でも爆笑しながら視聴できる内容だった(一緒に動画を見ながら、荒唐無稽な部分などで「こんなこと、実際にはするなよ」と念を押したが、「するわけないだろ」と余計なお世話扱いされた)。

その一方、伊藤さんが指摘するように、このシリーズは、紐解いていけばいくほど、一筋縄でいかない複雑な側面も持っている。これらの多彩な要素が、カルト的な人気を博した理由でもあり、今もファンの熱い声援を呼ぶ結果にもなっている。こうした作品が2007年10月というきわめて早い時期に生まれていた。(こうした複雑な側面を描こうとした結果、当初の構想では1回分だった「ソワカちゃん」の記事が、上下2回に渡ることになった)

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筆者

丹治吉順

丹治吉順(たんじよしのぶ) 朝日新聞記者

1987年入社。東京・西部本社学芸部、アエラ編集部、ASAHIパソコン編集部、be編集部などを経て、現在、オピニオン編集部・論座編集部。機能不全家庭(児童虐待)、ITを主に取材。「文化・暮らし・若者」と「技術」の関係に関心を持つ。現在追跡中の主な技術ジャンルは、AI、VR/AR、5Gなど。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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