必見! 濱口竜介『偶然と想像』(上)──偶然の不思議さを活写
藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師
<偶然>の介入による幻想譚めいたラブコメ
第一話「魔法(よりもっと不確か)」

『偶然と想像』(第一話「魔法(よりもっと不確か)」) ©︎2021 NEOPA/Fictive
一見、典型的なラブコメだが、予想外のドラマ展開も、今風の若い女性たちの喋り方も、まったく既視感がなく、身辺雑記風の散文的なリアルさに、<偶然>の介入による幻想譚めいたタッチが巧みに加味された一編だ。
──仕事帰りのタクシーの中で、モデルの芽衣子(古川琴音)は仲良しのヘアメイクアーティストのつぐみ(玄理:ひょんり)から、最近気になっている男の話を聞かされる。その彼と意気投合して夜明けまで話しつづけて、もうセックスしてもいい感じになって、だけどキスもしないで握手して別れて、また会うことになってさ、人と距離を取りがちな私たちにとってこれは特別なことだよね……とかなんとか、あまり抑揚をつけない、いかにも濱口らしい演技設計のもと、えんえん喋るつぐみは、芽衣子をカウンセラー代わりにして、喋ることで自分の気持ちを整理し、再確認しているようにも見えるが、もとより<カウンセリング>は濱口作品を特徴づけるモチーフのひとつだ。
もっとも、聞き役に回りながらも、芽衣子は自分の過去の経験などを口にして、つぐみに応答するので、二人の女性は『ドライブ・マイ・カー』の西島秀俊と三浦透子のように、“相互カウンセリング”を行なうといえようか(『ドライブ・マイ・カー』については2021・08・20、同・08・23の本欄参照。なお<カウンセリング>のモチーフは後述する第二話でより顕著に表れる)。
必見! 濱口竜介『偶然と想像』(下)──偶然のもたらす運命
そして、つぐみと別れた芽衣子が向かったのは……いや、ある<偶然>をめぐるプロットの転回点となるそのシーンは、見てのお楽しみ。
各話とも空間における人物配置、それを撮りおさえる飯岡幸子のカメラも卓抜だ。第一話では、タクシーの中で横に並んで座る芽衣子とつぐみを、引きの画面で同時に写したり、どちらか一方をアップぎみに写したりする遠近自在の画面構成や、窓外を流れていく等間隔の街灯のショットの挿入が、あまり強弱をつけない二人の声の快い響きとあいまって、見る/聴く者に映画的快をもたらす(キュートな顔の芽衣子/古川琴音は、それってエロくない? とか言ったりしておかしい)。
さらに、だだっ広い夜のオフィスのがらんとした感じ。その空間は何やら不穏さを醸して恐怖映画の舞台のようだ(そこでは人物間の緊迫した葛藤のドラマが演じられる)。さらに終盤の、芽衣子とつぐみがカフェの窓際のテーブルを挟んでいるシーンで起こる、アッと声を上げそうになる、ケレンに満ちた映像のマジック!
そこでは<(第2の)偶然>、
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