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[神保町の匠]2021年の本 ベスト1

『令和元年のテロリズム』、『アスベストス』、『安いニッポン』……

神保町の匠

堀由紀子(編集者・KADOKAWA)
鈴木忠平『嫌われた監督──落合博満は中日をどう変えたのか』(文藝春秋)

 プロ野球に詳しいわけではないが、落合博満の底知れなさにわしづかみにされて一気に読んだ。著者はスポーツ紙の元ドラゴンズ担当記者で現在はフリーで活躍する。落合や選手、チームスタッフから信頼を得たからこその、唯一無二のノンフィクションだ。

 落合は、監督だった8年間でリーグ優勝4回、日本一1回という好成績を残した。にもかかわらず就任中、言葉は少なく、うつむき加減で、独りだった。また選手に出す指示は常識ではとらえきれないものばかり。「一体なぜ?」という問い(謎)が常に提示され、さながら推理小説を読んでいるようだ。

 監督の仕事は、チームを勝たせることだから、見栄や名声はいらない。嫌われたっていい。求道者のような生き様の一方で、垣間見えるのは選手への愛情だ。背負っていた重圧と孤独が胸に迫り、しばらく静かな感動に包まれた。

鈴木忠平『嫌われた監督──落合博満は中日をどう変えたのか』(文藝春秋)拡大鈴木忠平『嫌われた監督──落合博満は中日をどう変えたのか』(文藝春秋)

松澤隆(編集者)
北丸雄二『愛と差別と友情とLGBTQ+──言葉で闘うアメリカの記録と内在する私たちの正体』(人々舎)

 LもGもBもTも異質でふつうQも生じないなんて硬直化した偏見を周到に摘出する穿孔力。「少なくとも自分は差別していない」なんて思い込みを粉砕する起爆力。いつの間にか無知の滓を融かす浸透力。少年時から培った瑞々しい感受性と鍛え上げた在米新聞記者体験が交錯する表現力と取材力。平板な文学史の枠を超える洞察力。それらが相まった1冊としての存在力………。2年前の訳書『LGBTヒストリーブック──絶対に諦めなかった人々の100年の闘い』‎ (サウザンブックス)も好著だったが、本書は北丸氏の創見と覚悟が繰り出す一行一行が、実に美しい。

 他に単行本では、長山靖生『日本回帰と文化人──昭和戦前期の理想と悲劇』(筑摩書房)が、著者の多様な既刊とは一味違う峻厳と情緒が際立ち、魅力的。新書では、原武史『歴史のダイヤグラム──鉄道に見る日本近現代史』(‎朝日新書)の闇の照らし方、國分功一郎・千葉雅也『言語が消滅する前に』(幻冬舎新書)の補完し合う語り口が、比類ない面白さ。

高橋伸児(「論座」編集部)
ジュールズ・ボイコフ『オリンピック 反対する側の論理──東京・パリ・ロスをつなぐ世界の反対運動』(井谷聡子・鵜飼哲・小笠原博毅監訳、作品社)

 2028年ロス五輪についての反対運動(ノーリンピックスNOLympics)を中心に、世界的に広がる活動を紹介しつつ、この「スポーツの平和の祭典」が“資本主義の化け物”であることを喝破している(もともと近代五輪はクーベルタンの提唱した当初から矛盾に満ちていたのだが)。東京2020をめぐる醜悪な出来事の数々で五輪にすっかり幻滅したところに本書を読んで、この巨大イベントは最もスポーツと遠い地平にあると確信した。

 東京五輪の総括もうやむやになり、中国でまた五輪が開催されようとしているいま、スポーツに関心がある人こそ、「アスリート・ファースト」という理念とはかけ離れた五輪に対する異議申し立てを読んでほしい。そして、IOC(国際オリンピック委員会)や巨大企業による五輪の私物化、利権化、環境破壊、都市のジェントリフィケーション(“浄化”)といった諸問題は、五輪にとどまらず今の社会とどう向き合うかという普遍的な視座をも突きつけている。

ジュールズ・ボイコフ教授=本人提供.拡大ジュールズ・ボイコフ=本人提供

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