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東京のバスガールは明るく走ってはいなかった!? 前編

【42】初代コロムビア・ローズ 東京のバスガール

前田和男 翻訳家・ノンフィクション作家

「東京のバスガール」1957(昭和32)年

作詞・丘灯至夫、作曲・上原げんと

歌・初代コロムビア・ローズ

拡大東京駅前で談笑する観光バスのガイドたち =1956年6月8日、東京駅前

流行歌から滲みでてくる“不都合な真実”

 歴史的遺産はしばしば“不都合な真実”を覆い隠す。

 古くは奈良の大仏だろうか。今でこそ侘び寂びた重厚な存在感を示しているが建立当初は金ぴか。中国伝来の最新技術で水銀をつかい金箔を蒸着させたことにより、大量の水銀が奇病を発生させ、人心の不安を招き、平城京はわずか30年しかもたなかったという“不都合な真実”がおもてだって語られることはなかった。

 新しいところでは、2015年に世界遺産に認定された長崎県の炭鉱廃墟、俗称「軍艦島」である。日本の近代化に貢献した産業レガシーとして観光ツアーが組まれているが、かつてここの地底で死者をふくむ労災事故を多発させた「負の物語」は、はるか忘却の彼方へおしやられている。

 本連載の通しテーマである「昭和歌謡遺産」にも同様のことがいえそうだ。

 歌は世につれる以上、“不都合な真実”はなかなか歌にはなりにくい。いや、なったところで、そもそもはやらない。“不都合な真実”の告発は、もっぱら労働運動歌や、社会派のプロテストフォークソングにゆだねられる。その結果、ヒットチャートからは、世の中が認めたくない事象は覆い隠され、世の多くの人々にとって「あらまほしきもの」が歌のテーマとなって受容され流布されることになる。

 だからといって、「流行り歌」は信用できないといっているのではない。

 むしろ逆である。

 それでも“不都合な真実”は、流行歌から完全に覆い隠されることはできず、いつしかじわじわと滲みでてくる。それは、搾取はけしからん、戦争はいけないと声高に断罪する労働運動歌やプロテストフォークソングよりも、かえって説得力をもって、「時代の深層にある真相」を垣間見せる。そして、戦争を挟んで60余年もつづいた「昭和」とは一体いかなる時代であったのかをも、あぶりだしてくれる。

 そのためのうってつけの「素材」こそ、誕生時には「乗合自動車女車掌」と呼ばれた「バスガール」ではないだろうか。それは、バスガールが昭和とともに生まれ、昭和とともに消えていった、昭和を象徴する「仕事」だからである。それに加えて、昭和という時代における女性と社会とのかかわりをあぶりだしてくれる象徴的な「働き方」でもあるからだ。

バスガールは昭和を象徴する「仕事」

 明治維新以降の日本の近代化は、女性たちのあいだに、それまで江戸時代にはなかった多くの「仕事」を誕生させた。

 日本の女性誌の草分けの一つである『婦人画報』の1924(大正13)年4月の春季特大「婦人新職業号」には、当時女性たちが就いていた職業として、「女医、歯科医、英語の先生、婦人速記者、秘書、美顔術師、カフェの女主人、電話交換手、女工、印刷屋、女店員、ウエートレス、楽屋の女優、踊りの師匠、髪結い、ガイド」などが挙げられているが、そこにはまだバスガールの名はない。

 1920年(大正9年)1月に、東京市街自動車会社(後に東京乗合自動車と改称)が輸入車100台をもって運行を開始、初めて女性車掌を乗車させたが、数はわずか37人と少なく、初任給35円という高給の広告塔でしかなかった。バスガールが一般女性にとっての「新職業」として本格的にノミネートされるのは、その3年後におきた関東大震災で市民の足だった東京市営の路面電車の軌道が壊滅、その代替として走りはじめたバスに女性車掌が採用されたのが契機である。

 昭和に入ると民間バス会社の参入が相次ぎ、バスガールたちはその制服から東京市営は「赤襟嬢」、民営一番手の東京乗合自動車は「白襟嬢」と呼ばれ、互いに対抗心をもやしながら、その数をふやしつづけた。昭和9年の4月23日の東京朝日新聞には、こう記されている。

 「円太郎千百十八名、青バスの六百九十三名の動員数を筆頭として市内乗合自動車会社四十四に総計二千七百といふあっぱれな女子職業の戦線ぶりだ」(なお、「円太郎」とは東京市営のバス、当初11人乗りのT型フォードで、落語家の円太郎から「乗り心地はいまひとつ」と揶揄されたため。かたや「青バス」は民営最大の東京乗合自動車の車体の色からそう呼ばれた)

拡大東京市バスの女性車掌「赤襟嬢」=1934年4月

 戦争をはさんで、戦後も路線バスは全国各地で地域住民のもっとも身近な足となり、バスガールは最盛時には都営だけでも相当数にのぼった。だが、昭和40年代後半からは若年女性労働者の不足と地下鉄建設による乗客の激減などの経営不振から、それ以前に導入されていたワンマン化が促進され、平成を迎えるまでにはついに姿を消すことになる。

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筆者

前田和男

前田和男(まえだ・かずお) 翻訳家・ノンフィクション作家

1947年生まれ。東京大学農学部卒。翻訳家・ノンフィクション作家。著作に『選挙参謀』(太田出版)『民主党政権への伏流』(ポット出版)『男はなぜ化粧をしたがるのか』(集英社新書)『足元の革命』(新潮新書)、訳書にI・ベルイマン『ある結婚の風景』(ヘラルド出版)T・イーグルトン『悪とはなにか』(ビジネス社)など多数。路上観察学会事務局をつとめる。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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