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東京のバスガールは明るく走ってはいなかった!? 前編

【42】初代コロムビア・ローズ 東京のバスガール

前田和男 翻訳家・ノンフィクション作家

「心に残る昭和の歌」があぶりだした女性の働き方

 バスガールは、まさに昭和と共に生まれ昭和と共に消えた女性の「新職業」であり、昭和のシンボルでもあったわけだが、興味深いのは、それが昭和歌謡史のなかに、はっきりと刻みこまれて、ひとり気炎を吐いていることだ。

 昭和が終わって元号が平成と改まったのを機に、NHKでは20代以上の男女2000人を対象に、「心に残る昭和の歌」なるアンケート調査が実施されている。

ちなみに上位200曲のうちのトップ5は――

「青い山脈」(昭和24)藤山一郎・奈良光枝)
「影を慕いて」(昭和7、藤山一郎)
「リンゴ追分」(昭和27、美空ひばり)
「上を向いて歩こう」(昭和36、坂本九)
「悲しい酒」(昭和41、美空ひばり)

 これらをふくむベスト200曲からは多様な検証ができそうだが、本稿のテーマである「昭和の女性の働き方」に関わると思われる曲をぬきだすと以下のとおりである。

7位「瀬戸の花嫁」(昭和47、小柳ルミ子)
8位「岸壁の母」(昭和29、菊地章子)
13位「お富さん」(昭和29、春日八郎)
33位「こんにちは赤ちゃん」(昭和38、梓みちよ)
66位「東京だよおっかさん」(昭和32、島倉千代子)
96位「おふくろさん」(昭和46、森進一)
114位「銀座カンカン娘」(昭和24、高峰秀子)
120位「花街の母」(昭和48、金田たつえ)
134位「東京のバスガール」(昭和32、初代コロムビア・ローズ)
135位「九段の母」(昭和14、塩まさる)
143位「時には母のない子のように」(昭和44、カルメンマキ)
149位「嫁に来ないか」(昭和51、新沼謙治)
162位「愛ちゃんはお嫁に」(昭和47、鈴木三重子)
185位「ゲイシャワルツ」(昭和27、神楽坂はん子)
195位「新妻鏡」(昭和15、霧島昇・二葉あき子)

 驚かされるのは、「嫁(妻)と母」をテーマにした曲が合計で11もあること。なんと多いことか。これに対して「夫と父親」をテーマにした曲は、「関白宣言」(109位、昭和54年、さだまさし)、「娘よ」(49位、昭和59年、芦屋雁之助)のわずか2曲。さらに驚かされるのは、昭和歌謡が女性たちに期待した「良き嫁(妻)と良き母」以外の働き方としては、バスガールを除くと、「接客」(「ゲイシャワルツ」)と「愛人」(「お富さん」)しかないことである。

 片や男たちの「職種」は多種多様にわたっている。

 格闘家(6位「柔」昭和59、美空ひばり、)教師(44位「せんせい」昭和47、森昌子)、船乗り(51位「港町13番地」昭和32、美空ひばり)、サラリーマン(69位「おーい、中村君」、昭和33、若原一郎)、警察官(136位「若いお巡りさん」昭和31、曽根史郎)、木こり(57位「与作」昭和53、北島三郎)、板前(145位「月の法善寺横丁」昭和35、藤島桓夫)、渡世人(104位「無法松の一生」昭和33、村田英雄、117位「大利根月夜」昭和14、田端義夫、132位「勘太郎月夜唄」昭和18、小畑実、80位「潮来笠」昭和35、橋幸夫)

 ここからは、昭和という時代と、社会が女性たちに期待し、女性たちも甘受してきたものが何であったのかが、流行歌を通して見て取れるだろう。いっぽうで、こうした圧倒的な男性優位原理の中にあって、エッセンシャルワーカーであるバスガールをフィーチャーした「東京のバスガール」が134位にランクインして一人異彩を放っていることは、注目に値する。

 なお、114位「銀座カンカン娘」(昭和24、高峰秀子)があるが、♪男なんかにゃ騙されない、自立した女性をテーマにしているが、あくまでも「生き方」の主張であって、「働き方」は明示されていない。その点からも、「東京のバスガール」は異色かつ貴重である。

 どうやら異彩を放つこのヒット曲には、昭和という時代を読み解く重要な手がかりがありそうだ。首尾よくいくかは保証のかぎりではないが、バスガールと昭和歌謡を手掛かりに検証を進めることにしよう。

「バスガール」は「バスガイド」にあらず

 「東京のバスガール」は1957(昭和32)年のリリースだから、世に出てから60年以上もたつ。それなのに、私よりも20歳以上も下の世代が、口ずさめないまでもこの歌を聞き覚えていることを不思議に思ったことが、これまでに何度かあった。聞いてみると、中学・高校時代、東京への修学旅行の折にバスガイドから聞かされたといい、そのほとんどが「バスガール」を「バスガイド」と誤認していた。

 その都度、彼らの誤解をとくためにした説明をここで繰り返すと、かつて昭和40年代までは日本全国の路線バスには女性の車掌が同乗、通学通勤者は定期券を見せ、そうでない乗客は車掌から購入した切符にハサミを入れてもらい、支払った料金や釣り銭が彼女の大きながまぐち状の鞄を出たり入ったりする、そんな情景が見られたのである。

 その情景を日常的な体験として記憶にとどめているのは、私たち戦争直後に生まれた団塊世代よりもせいぜい10歳下までだろうか。

拡大初代コロムビア・ローズ(本名・斉藤マツ江)さん
 たしか「東京のバスガール」を初代コロムビア・ローズがうたうのをはじめて見たのは、小学校5年か6年のときで、近所の裕福な友達の家ではなく、ようやくわが家にもやってきた自前のテレビでだった。

 自宅は駒沢通から脇へ100メートルほど入ったところにあり、東横線から歩くと中目黒駅と祐天寺駅のどちらからも14、5分ほどかかり、最寄りのターミナルの渋谷へ出るときは、もっぱら東急バスをつかっていたので、バスガールは身近な存在だった。だが、彼女たちは、歌のようには、紺の制服を身に着けてはおらず、♪発車オーライの掛け声とともに、明るく明るく走ってもいなかった(今回調べて知ったが、コロムビア・ローズが着ていた紺の制服は演出用に「はとバス」のを使ったのだという)。

 私の記憶にある実際の「東京のバスガール」は、垢ぬけない、どこかくすんだイメージで、歌と現実とのずれを感じさせられた。だから、そのままだったら、この歌はわが青春の思い出の一曲にはなっていなかっただろう。

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筆者

前田和男

前田和男(まえだ・かずお) 翻訳家・ノンフィクション作家

1947年生まれ。東京大学農学部卒。翻訳家・ノンフィクション作家。著作に『選挙参謀』(太田出版)『民主党政権への伏流』(ポット出版)『男はなぜ化粧をしたがるのか』(集英社新書)『足元の革命』(新潮新書)、訳書にI・ベルイマン『ある結婚の風景』(ヘラルド出版)T・イーグルトン『悪とはなにか』(ビジネス社)など多数。路上観察学会事務局をつとめる。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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