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パンデミック下の海外公演、自分自身の“分断”を考えた

隔離中のホテルで、自分の中の劇作家と演出家が闘う

タニノクロウ 劇作家・演出家

パンデミックの中での海外ツアー

 たくさんの力添えと運があり、今年の11月頭から約1カ月間『笑顔の砦』のフランス三都市ツアーが実現した。

 昨年予定されていたが、世界中のウィルスパンデミックによりキャンセルになり2年越しのツアーとなった。稽古中も、というか出国するまで“最悪の状況への心の準備”をしていた。それほど不安で、半信半疑だった。情けないことにまだ去年のトラウマが消えていない。

 ツアー中も不安は付きまとった。

 欧州の幾つかの都市でロックダウンに近い措置が打ち出されていく中、フランスも新規感染者が爆発的に増えていき、いつ中断になってもおかしくない状況が続いた。パリ滞在中に帰国時の3日間の強制ホテル隔離が決まり、新規の航空券予約者は受け付けないという理解不能の政策が発表され(すぐに撤回されたが)、さらに私たちの不安を煽った。実際チームの中に、3日の強制隔離により現場を失う者もいて、大変残念な思いをした。

 それでも客席は千秋楽まで満席が続いた。とても感染爆発を起こしている国とは思えないほど、以前にも増して盛り上がりを見せた。日常を取り戻す、人間性を取り戻そうとする気迫が客席に溢れていた。

 それを受けて私も、演劇でしか味わえない感動がこれまで以上の迫力をもって身体から湧き上がるのを感じた。多くの好意的なレビューが並び、作品の反響も非常に大きかった。

 それが人や劇場、街や都市や国への関心へ発展していき、チーム全体が大きな好奇心をもって動き、そして成長していったように思う。触発された好奇心が美しくチームの一人一人を輝かせていた。

タニノクロウ作・演出『笑顔の砦』

 壁一つ隔てた二つの世帯の生活を精緻に描いたこの作品は、2006年に東京で初演。18年に大幅改訂され、兵庫県豊岡市、大阪、横浜で上演された。20年3月には、富山県で地元の人たちと「笑顔の砦 ’20帰郷」も制作された。

 21年のフランス公演は、11月12日から12月4日まで、北部のルーベ(NEXT festival参加)、パリ近郊のジュヌビリエ(Festival d’Automne à Paris 参加)、中部のオルレアンの3都市を巡り、計12回上演。日本からはスタッフ・キャスト15人が参加した。フランス入国時は隔離などの制限はなかったが、タニノらが帰国した時は、感染を防ぐ水際対策としてホテルで3日間、その後11日間の自宅隔離が義務づけられた。

フランス公演に参加したメンバーと現地スタッフ。手前右端が筆者

“自発的な分断”を考える、劇作家の私

 さて、本題に入りたいと思う。

 この『笑顔の砦』という作品は2018年城崎国際アートセンターの製作協力により発表された作品だ。

 主人公は緒方晋さんが演じる蘆田剛史(あしだたけし)、漁船の船長で若い衆と3人でチームを組んでいる。同じ3人で飲んで食って馬鹿話しての毎日。ある日ずっと空室だった隣の部屋に家族が引っ越してくる。認知症を患う母親とその息子の勉(つとむ)、勉の娘の3人だ。

 日に日に病状が深刻になっていく瀧子。そんな瀧子の異常行動を剛史は偶然目撃してしまう。壁一枚隔てた隣り合う二部屋。お互いどのような生活時間が流れているのか知る由もない。しかしそれを期に剛史は隣の部屋が気になってしまう。隣から漏れ聞こえてくる物音にも敏感になり落ち着かない。そんな中、長年苦楽を共にした弟分の一人が仕事を辞めると言い出す。実家の母親が癌になったのだと。剛史はこの先待ち受ける孤独への予感と戦いながら自暴自棄になっていく。そんな話だ。

タニノクロウ作・演出「笑顔の砦」の舞台=堀川高志撮影

 私は劇作家として“自発的な分断”を込めて脚本を書いた。

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